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伊予鉄バスの感想を聞いてみた [バス]
昨年10月1日に東温市内のバス路線が再編された。
バス会が地域の感想を伺うワークショップをはじめて、すでに上林線、滑川線、井内線の3線を終えた。
今回は口頭ではなく、アンケート用紙に記入してもらうことになったが
高齢者の中には久しぶりに文章を読む、文字を書くという人もおられるので
用紙をわたして、「さあ書き込んで!」とはいかない。
そこで、3人に1人のボランティアがつき、記入のお手伝いをすることにした。
協力してくれたのは、不登校生の親の会「たんぽぽ」の面々。
人の痛みを知る人たちなので、高齢者にもやさしく安心である。
私は現在データを処理中である。
Excelにうつすのは大変だと思うが、そこは事務局におまかせで楽している。
上林線は新設で、ルートは地域の要望どおりである。
しかし、利用者が案外少ない。
データから、それは通院に役立たないからだとわかった。
朝7時台の次が11時、これでは病院の受付に間に合わない。
一番近い愛媛病院でさえ、到着は11時半となる。
ましてや、乗り継ぎを要する愛媛大学病院にたどりつくのは昼。
前回のお知らせワークショップのあと、ほぼ全員が「バスができるよ」と誰かに伝えたということだ。
少々手間のかかるワークショップだが、やればやっただけ、バスへの関心を広げることができるようだ。
バス会は伊予鉄バスとはなんの利害関係もないが、活動の効果を実感できてうれしい。
サロンのお世話人は50代で車の運転ができ、日頃バスに乗ることはない。
その人たちでさえ、駅との往復にバスを利用してみたという。
電車との連絡が悪いので、使いにくかったとか、なるほどと思う。
口コミお知らせ効果は高い。
車に乗る人でもバスが欲しいときもあり、使えるものなら使いたいという日がある。
その多くは検査、通院、高速バス利用のとき。
さらには飲酒の予定がはいっているとき。
花見や歓送迎会の多い春には、公共交通需要がふえる。
上林線はそのニーズに応え切れていないのが「バスができてもねえ」との感想につながる。
滑川線では希望通りの土曜日4時バスができた。
利用人数もアップしているが、その理由がわかった。
あらたに2人もシルバー定期を購入しているのだ。
週に3度も外出するようになったと、いきいきと語ってくれた。
5年前からバス会に協力してくれているだけに、バス会社の事情にも理解がある。
あと1人乗れば・・・などという積極的な言葉が住民側からでてきた。
過疎、高齢化が進む地域だが、公共交通をまもりたいという意識は一番高い。
井内線は、他のバス路線も利用できる便利な地域であり、同居率も高いのでバス利用者は少ない。
当初の関心は低かったが、5年後の今はとても関心が高くなった。
「さくらの湯へ行けるようになったというけど、乗り継ぎしないといかんのやね。」
高齢者にとって、やはり乗り継ぎは面倒なようだ。
低床バスが導入され、のった人の評判がよい。
1人だけ「進行方向に向かい横向きにすわると気持ちが悪くなった」という意見があがった。
電車とちがい、かなりの揺れがある田舎道をくねくね走るので、身体の向きが気になるそうだ。
私自身、バス酔いしやすいタイプなのでおおいに共感できた。
松瀬川、河の内の意見を早く聞きたくなってきた。
これが終わると私のバス作り活動も終了する。
長くつらい日々だったのに、すぎてしまえば短いように感じる。
まだもう少しやりたいこともあるが、後進にゆだねよう。
地域の人とのつながりが私が残していく財産である。
バスワークショップ始まりました [バス]
昨年10月1日から伊予鉄の路線バスが変わりました。
本数がふえたり、土休日運休が日曜だけ運休になったり。
時刻表が改善されて温泉までの乗り継ぎ待ち時間が短縮されたり。
新路線ができたところもあります。
これ、私たちが手弁当で調べ、利用者の声をまとめてきたことに
バス会社が応えてくれた成果です。
6年間かかったけど、やってよかったです。
さて、今週から「バスが変わって3ヶ月ですが、どうですか?」と感想を聞くというワークショップをしています。
2ヶ月がかりで、地域のサロンをまわります。
昨日は上林でしたが、35名のご意見をいただきました。
それに伊予鉄道の方や行政担当者もはいり、バス会会員+ボランティアで、なかなかのにぎわい。
集会所がいっぱいになりました。
いつもは聞き取り、お話中心なのですが
今回はアンケートに書き入れてもらう形式です。
もう、字が書きづらい年齢の方もいらっしゃるので、サポータについてもらいました。
アンケートの内容は当会だけでなく、行政や公共交通アドバイザーの宮崎先生とも相談しました。
これを聞けば良いというお手本がないので(地域づくりって、よそのマネをしてもうまくいかないのです)
みんなで、前日までメールや電話ではげしくやりとり、というか、応酬しておりました。
これで決まりと体裁をととのえたあとも、「ね、これ入れたらどう?」なんてメールがきたりしたので
夜中になってもなかなか眠れず、昨日の司会担当は寝不足でちょいと美貌にかげりがでたかも?
ワークショップ当日の朝、印刷してくれた行政担当者さんに申し訳なかったです。
当日だけでなく、こういう裏方作業がけっこう大変なんです。
いただいた意見をパソコンにいれ、文字化して、まとめ、統計をとるのも時間がかかります。
大学の先生とかコンサルさんだと、プロなんでもう少し手早くやれるのかもしれませんが
地域のサロンでのワークショップは同じところで何回もやってますので、
「3年前の○○さん、あのころはまだ自分でバイク乗れてたのに、今はバスに乗ってるのか。」などとわかります。
高齢者の暮らしは刻々と変化することに気づかされます。
以前は同居していたご家族がいたのに、今はお一人になっていて、思わずもらい泣きすることもあります。
ついでに、会場スナップをみて「あ、事務局の○さん、前より太った? 白髪増えてるよ!」などといらぬ比較もいたします。
私が経済学をならっている大学の先生に時折相談しております。
このかたは災害調査をし、賠償費用額を出す専門家ですので、アドバイスも少し目線が違います。
「不特定の人へのアンケートではなく、定点観測も大切だよ。」と言われ、同じサロンで意見をいただいてきたわけですが
たしかに、時の流れ、人の状態の変化がわかりました。
交通問題って、道路に走らせるバスの費用だけ考えていてはいけないんです。
それを利用する人の暮らしを把握していないとピントがずれると思います。
いつも買い物をしていたスーパーが閉店したり、移動販売がくるようになったり
病気の種類がふえて、通院先が変わったりもします。
こんな小さな町でひっそり静かに余生を送っているお年寄りは、10年くらいは同じような毎日をおくるだろうと
私たちは勝手に想像しがちですが
案外、変化があるものです。
私は今年度で役員をおわりますので、これが最後の仕事です。
なんだか名残惜しいような気もしますが
会が発展しつづけるには、新陳代謝が必要です。
バスが変わり、私は気持ちよく、幸せな気分で任期をおえることができそうです。
また次も、どこかでなにか始めようと思える終わり方って、いいですね。
資源経済学 [環境問題]
30年ぶりに学生をしている。
先生はほとんど年下である。
同級生は90%年下だが、10%は年上である。
今、新しい学問ということで、資源経済学を学んでいる。
環境経済のときはシルバーもちらほらいたが、こちらは私一人である。
なんでも日本では専門家が数名しかいない分野だそうだ。
水利権売買やら、資源管理など、日経新聞のトピックにありそうな話題ばかり。
日本は資源のない国だ、資源がないから貿易するしかないと教えられてきたが
資源がないって悪い意味ばかりではないそうだ。
「資源の呪い」という言葉がある。
鉱物資源に恵まれた国は、その資源を売って儲けようとする。
その資源に付随する一次産業に人と金がむらがる。
なので、二次産業の発達がおくれる。
製造業など二次産業のほうが多くの人を養い、多くのお金が得られるはずなので、国としては発展が遅れる。
資源の切り売りをして儲けたお金が、教育やらインフラ整備やら、産業振興やらにつぎ込まれるならいい。
次の産業で国民を食べさせていけるからだ。
しかし、多くの場合、そういう資源で得た金は、他のことにはなかなか向けられない。
売っても売っても、豊かにならない状態で国民は貧困から抜け出せない。
これを資源の呪いとよぶらしい。
「資源のない国のほうが、製造業を発展させて豊かになります。」
この先生に学んだ事で印象深いのは、リスク問題。
今回の原発事故に関し、こう話された。
300年に一度の津波、1000年に一度の地震を想定するかしないかということが話題になっています。
過去にあったこと、これから起こりそうなこと、なにもかも想定して、怖がって準備していたのでは生活できないという人もいます。
現在のリスク管理は起こる可能性と被害の大きさをかけ算にして、想定します。
10年に一度の事故でも小さなものであればリスクは小さいです。
1000年に一度しかおこらないことでも、それが国の半分も揺るがすような大きな被害をもたらすものなら、リスク全体としてはとても大きいものと判断します。
それは外国ではもうすでに取り入れられつつある方法ですが、日本ではまだなんです。
1000年に一度しかおこらない、じゃあ、いつおこるかおこらないかわからないようなものだ。
そんなことを想定するなんて、杞憂だと考えています。
東電など企業はお金のかかることは考えたくないのが当たり前です。
政治家もしかり。
国土交通省や経産省という、管理指導するべき日本の行政機構の考えが遅れているんです。
今回の地震の人災部分、責任は国にあります。
若い人ならこその言い切り方が格好よかったな。
田舎すし [食]
都会に引っ越ししてはや10年、慣れないのは総菜の味だ。
市場やスーパーでパック詰めの総菜を買った時、へっ?と思う。
なんだかスパイシーすぎたり、塩気が足りなかったりする。
関東圏ではしょうゆの種類がちがうそうなので、味に差があっても納得できる。
でも、同じ関西圏で、出汁と薄口醤油を使う文化でありながら、味はかなり違うのである。
一番違和感があるのは巻き寿司、そしていなり寿司である。
都会のパック詰めいなり寿司はたいた薄揚げに内容のない酢メシが詰め込まれているだけ。
ごぼうや人参、せめて黒ごまの一つでも入っていてほしいと切望し、わざわざパックの底をみたりするが、ほぼ皆無。
その上、揚げの味がかなり薄く、もちろん揚げの色もついていない。
巻き寿司の中身であるが、都会ではキュウリや椎茸、ピンクデンブ、高野豆腐などがはいっている。
田舎ではまず具の割合が高く、三つ葉やかんぴょうもはいっていたりする。
なにより、大きな差はすし飯の酢の味。
都会は甘みもうすく、酢もうすい。
ようするになんだか気が抜けていて、おかずがほしくなる。
久しぶりに東温市の寿司をたべ、田舎の巻き寿司はしっかりと濃い甘みがあることに気づいた。
一パックすべて食べた場合、同じ量でも胃袋の充足感が大きい。
しかも見た目の野菜の割合がおおく、あと一品の必要性を感じない。
これを田舎巻きと呼ぶ人もいる。
合わせ酢を買い、自分で巻き寿司をつくってみるとさらにその差がよくわかる。
都会ではミツカンのすし酢が通常品であり、これはかなりさっぱりしている。
田舎風のどっしりした感じにしたいと砂糖を加えないといけない。
田舎寿司になるのは、私の経験では農協の合わせ酢か、おたふくのすし酢である。
どちらも都会のスーパーではなかなか入手しづらい。
田舎ではお寿司は冠婚葬祭、家族親戚があつまったときのハレの日のごちそうである。
見ただけで中身が充実していないとケチな家だと思われる。
味がうすいと料理がへたな主婦だと陰口をたたかれる。
だから具の種類も量もたっぷりで、砂糖もたっぷり使うのではないかと推察する。
さくらの湯で購入したお寿司は、とてもおいしかった。
それは私の根っこが愛媛に残っていることの証拠かもしれない。
お土産にしようと陳列棚をみれば、あれ、早々と売り切れてしまっている。
残念、東温ブランドになりそこねているよ。
伊予鉄バス川内営業所 [バス]
川内のバスが変わった。

12月に行けなかったさくらの湯、今日もあまり時間がなかったが、とりあえずバスにだけは乗ってみた。
横河原からのると聞き、友人Mと一緒にでかけたが、彼女は駅を素通りしていく。
「あれ、横河原駅から乗れるんじゃないの?」
「駅じゃないよ。横河原の停留所からだよ。」
松山市からやってきたバスは旧11号線ぞいの「横河原」停留所に停まるらしい。
まぎらわしいぜと思いつつ乗り込むと、あら、もうすでに11人のお年寄りが乗っていた。
松山市からかな?
川内営業所でさらに乗り込む人がある。
「どちらからですか?」
「田窪からよ。温泉が楽しみなんでね。ちょくちょくくるの。」
「どうやってこられたんですか?」
「電車で横河原駅まででて、そこから松瀬川線のバスにのって営業所でおりてね。さくらの湯行きに乗り換えたんよ。」
「あ、横河原でも乗れますよ。」
「でも、駅から15分くらい歩かんといけんじゃろ?」
うーむ、たしかにちょいと距離ありましたね。
終点さくらの湯につくやいなや、乗客のほぼ全員のおばあさんたちは直売所に直行する。
「この巻き寿司いいけど、量が多いわね。」
あ、それ、私いただきますと思わず横から手をだしてしまった。
じつは入浴券を買わなくても、お食事ができるようになっている。
うどんやどんぶり、定食もあり、お茶は無料。
お年寄りたちはお風呂にはいってから、持ち込んだお寿司などを食べるつもりらしい。
食事コーナーにもかなりのお客がいて、平日昼間なのににぎわっていた。
残念ながら私たちはお風呂には入る時間はない。
今日は予定があるのだ。
次の営業所行きのバスに乗ろうとすると先客あり。
とても足の悪いお年寄りで、旧式のバスのステップがどうしても登れない。
周囲のお客が協力してお尻を押上げ、なんとか車内にはいれた。
この方一人では乗り降りできないようで、普段はどうしているのかな?
営業所は大変身をとげていた。

落ち着いた色調、大きなガラス窓、暖房の聞いた室内、木製の長椅子、ゆったりしたトイレ。
ここで滑川のWさんたちと待ち合わせているのだが・・・すでにいるお客に取材してみる。
「どちらからですか?」
「私は井内よ。終点まで乗るのよ。」
「バス、変わったでしょ。」
「ほうよ、病院にいくんじゃけど、ここがようなってすきま風がはいらんようになってぽかぽかしてな、待っとったら、眠うなった。」
「さくらの湯へ行かれましたか?」
「はあ、乗って、お風呂にはいって、帰るのにちょうど時間がようなったんで、何回か行ったよ。」
滑川グループが到着。
相変わらず仲良く、よくしゃべる。
「私らはヘビーユーザーよ。」
おっと、やにわにハイカラな英語づかいだ。
「週に2回は乗ってあっちやこっちやに行ってるわ。」
「トイレが良いわね。あ、電気、勝手についたわ。」
障害者用トイレは自動的に点灯、消灯するのだ。
まるで少女のようにはしゃぐのが可愛らしい。
実は、今日は彼女たちが市広報の取材をうけることになっている。
担当者に「はい、カメラ目線でお願いします。」といわれ、にっこり。
昔美人はさすがの余裕でポーズする。
職場体験の中学生も合流し、営業所内は人であふれそう。
バス会のTさん、Yさんもはいり、おしゃべりが炸裂。
インタビューにこたえ、写真にとられ、気疲れしたのでないかと心配したが
「もう終わり?じゃ、私たち、これからさくらの湯へいってきます。」
風のようにビュンと飛んでいってしまった。
広報のできあがりが楽しみだなあ。
復興建築需要 [環境問題]
震災後、マンション需要がふえたらしい。
計画的避難区域内の浪江町内で採取した石を建築資材として双葉砕石工業が販売した。
石は事故前に採取、事故後も計画的避難区域内に放置。
もしかしたら放射性物質が付着しているかもなどと疑いもせず売ったそうだ。
総量5280トン、19社が疑いもせず購入、道路や河川の土木工事、マンションの建設工事に使用したと
判明。
これを取り締まる法律なく、使用前に線量を調べる義務もない。
しかし、コンクリートに混ぜ込まれれば、今後数十年はそのまま放射線を放出しつづけるわけであり、被害は大きい。
当該マンションは行政が被災者用に借り上げたものだそうだ。
やれうれしと、入居したばかりの被災者たちはまたもや移転せざるをえない。
住処が定まらないのでは、生活が落ち着かないことだろう。
法律的に規制がない、義務がないというところがおおいにひっかかる。
避難区域内にあるすべてのものは一度は線量をはかり、安全を確認しないといけないだろう。
食品であれ、なんであれ、確実に安全を確かめなければならない。
マスコミが「風評被害』という言葉をゆがめて広めたため、事前規制がしにくくなっているのも問題。
砕石業者が規制がないのをいいことに故意に売りにげた、建築業者が故意に利用したのではと勘ぐりたくなった。
責任は個々の業者のみにあるのではない。
復興建築需要のため、大量の資材が必要とされることは予測できていたのに
なんら、規制せず、指導しなかった、監督官庁の責任は大きい。
国土交通省、建設省、環境省を3つもの省庁にまたがる案件のようで、
これから一緒に調査するそうだが、遅すぎるのではないか?
被災地周辺ではすでに道路がかなり修復されている。
もしここに使用されていた場合はどうなるのか?
それを建設した現場作業員の被曝はどうかも気にかかる。
今回の地震でわかったことが一つある。
日本の政治家や行政官庁は「税金を使って、国民の命を守るためにある」という認識がほとんどないということだ。
東北を襲ったのは地震という天災だが、あとに打ち続く災害は明らかに人災だ。
戦後50年以上かけて進んできた道をふりかえると、たくさんの間違いがあった。
その中の最大のものが、官僚政治とそれにおもねる政治家を繁栄させたということかもしれない。
大河ドラマにもの申す知事 [人生勉強]
兵庫県の井戸知事がNHKの大河ドラマを「画面が汚い」と批判したらしい。
もともと大河ドラマをみない主義の私だったが、にわかに興味がわき、見てみた。
最近はオンデマンドでなんでも後から見る事ができるので便利である。
平清盛が白河上皇の落胤であることを説明するのに初回を費やしていたのがやや不満に思えた。
そんな信憑性の低いことを大前提にされても困る。
が、画面などはさほど汚いとは思えなかった。
派手さはないが、後半には平家の栄華ぶりがでてきらびやかになるのだろう、
初回の画面は、白黒無彩色にわざと作られているような気がする。
前回のお江はあまりにもおふざけがすぎた。
それでも滋賀県に観光客がやってきた。
今回の清盛は話題のイケメンを投入している。
高齢の兵庫県知事の目には地味でも、女性ファンが訪れること、まちがいない。
実は私は神戸生まれの神戸育ち。
須磨の海を産湯がわりにハイハイした過去がある。
幼稚園のお遊戯会、小学生の学芸会、何度となく清盛や平家の最後を演じてきた。
だから、神戸港の元が清盛の開いた大輪田泊であることは知っている。
一の谷の合戦、鵯越の逆落としについては、「義経卑怯や。」と完全に平家目線でとらえている。
弱冠16歳の平敦盛の首を切った熊谷直実に対しては「おっさん、なにすんねん。あとで悔いても遅いわ。」と思っている。
私たち関西の中高年にとって、平家物語は受験古典頻出でもあり、とてもなじみ深いものだ。
退職世代が観光の中心になる時代。
このタイミングで平家物語を取り上げてもらったことで、この夏、神戸への観光がふえるだろう。
むかしなつかし、平家の栄華だ。
震災後の観光復興はルミナリエ中心。
有名だが、あまり神戸にお金が落ちないイベントである。
同じ轍をふんで、ゴミだけ残されないように、心しなければならない。
昔、JRのキャンペーンで三都物語というのがあった。
京都、大阪、兵庫が組み、平家にまつわるツアーを紹介していくべきだろう。
非業の最期を迎えただけに、平家関係にはパワースポットも多い。
これもまた今時人気。
海外の観光客にもアピールできるネタだ。
知事ならば、たとえおもしろくない番組でも持ち上げてみせるべきではないか。
ましてや、まだ一回目なのだから。
- 作者: 小池 義人
- 出版社/メーカー: 須磨寺
- 発売日: 1985/07
- メディア: 単行本
小さな幸せをつみあげること [人生勉強]
「少年よ、大志を抱け」と言われて育った世代である。

高度成長期まっただ中の青春であり、がんばれば何者かになれた時代であった。
だから、みんな夢を抱いた。
寝る暇もないくらい忙しかったが、それがいつかは報われると信じていた。
去年より今年、必ず収入があがった時代だ。
物価も毎年あがったから「その収入で早く何かを買っておけ、早く使え。」と国も親も言っていた。
いま、我が娘世代は今年より来年収入が下がる負のトレンド真っ最中。
「その日に備えてできるだけ使わないで蓄えておけ。」と言われている。
そんな中、エコポイントやらなにやらで無駄遣いをすすめる政府。
きっと担当者が私と同じ高度成長期世代なのだろう。
誘い出されるのは同じ世代以上の年寄りたちかも?
今の若者にそらあ効かんで、とひそかにつぶやく。
北風と太陽の寓話ではないが、世間が暖かくなければコートは脱げないものだ。
こういうとき、人は外へいかず、家族や友人たちとひっそりと楽しむことが好きになる。
我が家の子供たちはすでに20歳をこえているが、家族が一番大切だと真顔で言う。
一緒にピザやギョウザや鍋をつくり、昨日も今日も同じ話をしながら食べている。
30年前の私は「こんな生活しけている」と思っただろうが、現在の20代は「これが幸せ」だと言うのだ。
円高でダウンコートが安く買えて幸せ、無料ゲームアプリをクリアして幸せ。
「大志なんて抱くだけ無駄。」だと、はっきりのたまうのだ。
身近な幸せをこつこつ積み重ねていく、窓の外を夢見たりはしないのが彼らなりの処世術なのだ。
顔をだしても猛吹雪にあうかもしれないしと言う。
はじめは「若者のくせになんて世界がちっさいんだ。」と思ったが
人類の歴史をみても、氷河期には身を縮めるのが本能というもの。
今、あえて寒風の中、冒険にでかける必要もない。
いつまでも永遠に冬のままということもないのではないか。
いつか来る雪解けまでに、小さな幸せで心を見たし、気持ちをつないで元気でいてほしい。

ぞれぞれの新年 [老後の準備]
新年おめでとうございます。
3月11日の震災を契機にまじめに勉強しなおそうと発起、大学にもどった。
友人たちは、「どこで教えているの?」と尋ねる。
「先生じゃなく、一学生として20歳程の子供たちと机並べているのよ。」というと、あきれられた。
最初はおずおずと一人でいたが、そのうち友人ができた。
本の貸し借りからはじまり、ノートのみせあいっこ、過去問の交換、昼食をとり、車で送迎されるようになり、
ついには休みの日に待ち合わせておでかけするほど。
おばさんにはこわいものなし、教授だって年下だい!
過去の公害事件の授業のときには最前列に座っている私の方を見て
「イタイイタイ病のときは覚えておられますか?」などと確認をとるくらい。
そのとき現役学生で新聞切り抜き片手にレポート書きましたわ・・などと教えて差し上げる。
現在の環境問題にはうとくても、過去問には強いのである。
冬休みには読書10冊の目標をかかげ、おせちを煮る横でipadを開く。
紙の本とちがい、一つのデバイスで音楽や英語を聞きつつ、読書もできるので、
細切れ時間をつないで、なんとか目標を達成できた。
1月の期末テストに向け、早くもスタンバイオーケー。
元旦から高校時代の古い友人たちと電話で話していると。
「うちの親が年末手術してね、いま病院からかけているんよ。」とか
「役定になったので、子会社にうつったんよ。」とか
「50肩で寝られないほど痛いねん。」など、陰気くさい話ばかりである。
こちらが憂鬱だったころは結構イケイケだった人たちだけどね。
いっぽう、20代の現同級生の会話は
どちらと話しておもしろいかというと、むろん若者たちである。
昨今は人生相談を授業のあとに持ちかけられることもあり、
このまま大学の一角で占い相談業を開けば、かなり繁盛するのではないかと思う。
「親は田舎にもどって公務員になれというですが、私はこちらで自分を試してみたいんです・・・」
古くからある悩みだけど、今の私なら親の気持ちも現実もよくわかるな。
女の子の人生はやはり仕事と家庭の両立がむずかしいからね。
コツはただ一つ、両立できる職業を選ぶ事だよ。
自分自身、親の介護を12年もして思ったのが、「最期まで前向きな年寄りになりたい。」ということ。
不満や人の悪口をぶつぶつ言うだけの老後はつまらない。
70歳まで残り15年、価値ある生き方をしなくちゃ。
介護のために仕事もやめ、思わず専業主婦となってしまった私だもの。
義務はすべてはたしたから、
これからは私自身がおもしろく、楽しめることだけをしたい。
そんなわけで、家族に新年の誓いを発表した。
「今年から、もう 主婦、卒業します!」
夫は慌てずこういった。
「はいはい、留年しないようにね。」
うーん、見抜かれていたかな?
愛してるって言ってほしかったわ [NPO]
夫婦関係でも
言葉が足りないことから意思疎通になり
もめることはよくあるけど
生活費ももらっていないときは、
なんでこの妻、別れないのかなと疑問がわく。
バス会と東温市の関係は
当会が押し掛け妻で行政が形だけの夫に似ている。
もとより愛は希薄
関係を育てようという妻の呼びかけにもなかなか応えてもらえず
一度は冷たく見捨てられ、傷ついたこともある。
それでも路線バスという子供を育てたいという思いは同じなので
そのことに関してだけは顔を合わせ、協力しあってきた。
川内バス改善はまだ入学したばかりの状態。
無事卒業し、次の進学をさせたいという願いはあるが、かなえられるかどうかは不明。
子はかすがいというけれど
それだけではコミュニケーション不足は補えない。
私の場合、行事のたびに泊めてくれていた友人が来年3月に転居してしまうので、
以降は泊まる場所もない。
これからはもう活動を続けられないと思っている。
愛された実感ももてぬまま古い妻は去らねばならない。
夫に未練はないが、残る子供が心配だ。
大事にしてくれよ〜 りっぱに育てて進学させてよ〜
よけいなおせっかいだけど、
そんな言葉をだれかに託したいな。
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