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田舎すし [食]

都会に引っ越ししてはや10年、慣れないのは総菜の味だ。
市場やスーパーでパック詰めの総菜を買った時、へっ?と思う。
なんだかスパイシーすぎたり、塩気が足りなかったりする。
関東圏ではしょうゆの種類がちがうそうなので、味に差があっても納得できる。
でも、同じ関西圏で、出汁と薄口醤油を使う文化でありながら、味はかなり違うのである。

一番違和感があるのは巻き寿司、そしていなり寿司である。
都会のパック詰めいなり寿司はたいた薄揚げに内容のない酢メシが詰め込まれているだけ。
ごぼうや人参、せめて黒ごまの一つでも入っていてほしいと切望し、わざわざパックの底をみたりするが、ほぼ皆無。
その上、揚げの味がかなり薄く、もちろん揚げの色もついていない。

巻き寿司の中身であるが、都会ではキュウリや椎茸、ピンクデンブ、高野豆腐などがはいっている。
田舎ではまず具の割合が高く、三つ葉やかんぴょうもはいっていたりする。
なにより、大きな差はすし飯の酢の味。
都会は甘みもうすく、酢もうすい。
ようするになんだか気が抜けていて、おかずがほしくなる。

久しぶりに東温市の寿司をたべ、田舎の巻き寿司はしっかりと濃い甘みがあることに気づいた。
一パックすべて食べた場合、同じ量でも胃袋の充足感が大きい。
しかも見た目の野菜の割合がおおく、あと一品の必要性を感じない。

これを田舎巻きと呼ぶ人もいる。


合わせ酢を買い、自分で巻き寿司をつくってみるとさらにその差がよくわかる。
都会ではミツカンのすし酢が通常品であり、これはかなりさっぱりしている。
田舎風のどっしりした感じにしたいと砂糖を加えないといけない。

田舎寿司になるのは、私の経験では農協の合わせ酢か、おたふくのすし酢である。
どちらも都会のスーパーではなかなか入手しづらい。

田舎ではお寿司は冠婚葬祭、家族親戚があつまったときのハレの日のごちそうである。
見ただけで中身が充実していないとケチな家だと思われる。
味がうすいと料理がへたな主婦だと陰口をたたかれる。
だから具の種類も量もたっぷりで、砂糖もたっぷり使うのではないかと推察する。

さくらの湯で購入したお寿司は、とてもおいしかった。
それは私の根っこが愛媛に残っていることの証拠かもしれない。
お土産にしようと陳列棚をみれば、あれ、早々と売り切れてしまっている。
残念、東温ブランドになりそこねているよ。






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雪化粧 [食]

いもたこなんきんが大嫌いな私に芋好きの娘がいる。
じゃがいも、さといも、さつまいも。
水っぽくてもごじっていても、うまいうまいと食べ尽くす。

最近はさつまいもの安納芋がお気に入りだ。
石焼芋専用鍋(韓国製)で2時間ほどじっくり焼くと、蜜がたらりとでてきてしぼむ。
中を割ると上等のスイートポテトのような香りと色が現れる。
ねっとりねとねとした部分を娘はスプーンですくいとり、なめる。
目は半開きで酒に酔ったみたいにうっとり。
安納芋ならなんでもといいたいとこるだが、この芋、でき不出来の差がはげしい。
大きく太く、端が枯れているのがよいそうで、ネットで指定買いしている。


昨晩のこと、この芋娘がにこにこしながらスーパーから帰ってきた。
なにごとかと問うと「当ててみ?」
買い物袋が異常に膨らんでおり、さてはおやつの安売りでもあったかと思う。
おつかいにでると、必ず自分用のおやつを内緒で買っていることをちゃんと知っていたからである。

しかし、内緒のものならば「当ててみ?」とは言わないはず。
「アイス?」と鋭く問う。
「こんなに寒いのに・・違うわ。」
「母さん用に缶チューハイ?」
「ちゃうわ、親が喜ぶだけやんか。」
以前にこんな顔をしてたときは、たしか福引きで1000円当てたっけ。
「ほら、これ、雪化粧、みつけた。」

真っ白でまんまるなカボチャをとりだした。
「あんたの顔より大きいなあ。」
「重いからどうしようかと悩んだんやけど、めったにないから思い切った。」
このあたりではあまり見かけないかぼちゃなのである。
たまに、八分の一カットで売っていることもあるほど、高いかぼちゃだ。

「これ晩ご飯にしてね。」
「煮る?揚げる?」
煮崩れしにくいしっかりとした食感で甘みが強く、どんな料理でもうまくできるかぼちゃだが。
「両方。」
「で、白菜は?」
「そんな重いもん、これ以上は持てんから買わんかった。」
たしか、白菜を買ってきてと頼んだのに、かぼちゃだけとはこれいかに?
「お鍋ができないよ。」
「だから、かぼちゃだけでいいって。」
うっとりと白いかぼちゃをなでまわす。
その味を想像しているのだろう。

母親で調理人の私が苦手なものを、自分が好きだからといって
夜メニューまで変えてしまうのはいかがなものか?
いもたこなんきんは女の好物と昔の人は言ったらしい。
娘は女らしい女なんだろうねえ。











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キャラメル [食]

昨日、家族でアイスクリーム工場に行った。
夏の売れ残りなのか、いつもより種類が多い。
めいめい一箱ずつ好きな味を買うことになった。
夫はバニラ、娘たちはチョコ、私はキャラメル味だ。
「おかあさん、なんでもキャラメル味だねえ。」
「え、そうかなあ??」
「そんなにキャラメルが好き?」

そんなわけではなかったはずだが、そういえばケーキでもなんでもキャラメル表示のものを好んで食べている。
おかしいなあ、甘いものより塩味おかきが大好きなんだけど。
そういいながら、ふと思いだしたことがある。



子供のころ、おそらくまだ幼稚園にもいっていないころ、母につれられ、毎月神戸の須磨寺にお参りしていた。
わざわざ電車で行っていたが、昔のことなので、子供運賃は無料だったにちがいない。
「おだいっさんの日」と呼んでおり、毎月21日だったのだろう。
源平の合戦場となった須磨寺の奥には平敦盛の笛塚などがあり、ひっそりしめっぽい空気が漂っている。
母の傍を離れない兄や妹とは違い、私は一人でふらふら縁日を探検、それが楽しみだった。

喧噪の中、母は長時間手を会わせて拝む。
お参りがおわると今度は別の石段をおりていくのだが
その陰に、むしろをひいて、二人の男の障害者がいつも座っていた。
詰め襟の白っぽい軍服ふうな服装で、一人は片方の足が根元からない。
残りの足にはゲートルを巻いていた。
やせてくぼんだ顔つきをしており、少々乞食くさいにおいがした。

もう一人は片目が白く干上がっており、片腕を三角巾でぶら下げていた。
二人はいつもだまったままで、アルマイトの皿を前に座っていた。

「傷痍軍人」というらしい。
戦争で足をなくし、腕をなくし、おそらく家族もなくしたのだろう。
服もゲートルも三角巾も薄汚れていた。
近寄るのもこわいのに、母はいつもこう言うのだ。
「さあ、これを兵隊さんにあげておいで。」
子供ひとりひとりに10円玉をにぎらせ、さあさあとせかすのだ。
お金をあげるのは私たちなのに、「ありがとう」と言ってお金をいれなさいと言うのだ。

くさいしきたないし、なんだか不気味だし。
楽しいおまいり気分が台無しだ。

あの兵隊さんたちはお国のために戦って怪我をしたのだと、母は言った。
だから私たちのために戦ってくれてありがとうと言わなくちゃいけない。
ただの乞食にお金をあげるのとはちがうのだ。
「そんなん、もう直っとんちゃうん?」
私は、戦争が終わってもう15年もたつのにまだ働けないなんて、なまけているだけちゃうか?と考える。

早々に10円をいれてきた二人の兄妹を横目に、私はあくまでも抵抗するが
母はそれがすむまで帰ろうとは言わない。

しぶしぶちかづき、息をとめて、10円玉をつまんで、高い位置から皿に落とす。
うまく落とさないと外へはねて、かがんでひろわないといけなくなる。
コトン。
ああ、今日もうまく落とせた〜と思ったら、がばりと兵隊さんが立ち上がった。
ぎゃーっと声をあげて逃げる私。
兵隊さんは両脇に松葉杖をいれ、まさかのスピードで追いついた。

「待って。待って。」
母が何事かと来てくれた。
「いつもありがとう。
毎月来てくれるから、今月もと思って待っていたんや。
これ、お兄ちゃんたちと食べて。」
一番小さい10円の箱入りの森永ミルクキャラメルだった。
それも3箱!

胸のポケットにはいっていたせいか、じんわり暖かい。
母は言った。
「まあ、用意して待っててくれたんですか?」
「いつもいつも、ありがたいなあと思うてたんです。
御礼したいと思うたけど、なにがいいかわからんので、キャラメルやったら食べてもらえるかなと思いました。
戦後もうだいぶたつのに、まだよう働けんで情けないことです。
いつまでもこんなことしてと言う人もあるのに、
お子さん3人ともやさしうしてくれて。ええ子たちですなあ。」

私は、なんだか、穴があったら入りたい気分。
母はまだ帰らない。
「そんなお体では、なかなか仕事もみつからへんの、当たり前ですわ。」
「はあ、僕は足、この人は目も利き腕もだめなんで、二人で助け合って暮らしてるんですわ。」
「私も兄がシベリアからなかなか帰ってこれなくて、心配しました。
つらいこともあるけど、お互い、がんばっていきましょう。
ほら、あんたら、御礼は?」

帰り道、兄と妹はさっそくキャラメルをほうばる。
私もといいたいが、あの汚い胸ポケットの中にいたキャラメルかと思うとどうしても口にいれる気がしない。
だいたい、おかきは好きやけど、甘いものなんかきらいやし・・・
とうとう、そのキャラメルをこっそり妹にやってしまった。

その後も母の須磨寺詣ではつづいたようだが、子供たちが幼稚園にあがり一緒にいく人はいなくなった。
ずいぶんたってからふと思い出し「あの傷痍軍人さんは?」と聞いたことがある。
「身体壊してお寺には出て来れんようになりはったらしい。
やっぱりなあ、あんなに大きい怪我するとあちこち悪なるんやな。」

私は悪い子やったなあ・・・と、つくづく思った。
キャラメルは紙の箱にはいってたんやし、セロフファンも破れてなかったし。
なんも汚くなかったのに。
食べてあげたらよかったなあ。
あの人にとっては10円のキャラメルなんて、贅沢な高いもんやったかもしれへんのになあ。

大反省したころから、すこしずつ、甘いものを食べれるようになったようだ。
今、キャラメル味を好んで食べているのは、あの日の森永キャラメルの償いかもしれない。

娘たちは傷痍軍人という言葉も知らない。
多くの方はもはや亡くなっているだろう。
昭和の時代の思い出である。




























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牛肉叩き売り [食]

私は悩んでいる。
デパートの肉売り場、黒毛和牛が大安売りである。
赤白見事な霜降り肉が、100g490円、ほんの少し前なら800円はしただろう。
それでも誰も買わない。
目線は何度もガラスケースの上にいくのだが、今、買う勇気がでない。

聞けば福島、宮城、岩手、栃木の牛肉が出荷停止である。
放射性セシウムに汚染されているのではないかという疑惑がある。
食べれば内部被曝する。
子供には得に影響があるとか。
そういえばちら見しているのは、たいてい中高年のおばさんである。

安いからといって、今、これを家族に食べさせてもよいのか?
食べた後、なにか不具合がおき、あのときのあれが原因ということになりはしないか?
被災地を応援するためにと、野菜などを率先して買っていた善意ある人たちが
あれは大丈夫だったのかと不安になっている今日この頃。
主婦として後ろ髪ひかれながらも、手に取るのは鶏肉、豚肉となる。
そんな事情からか、鶏、豚の値上がりがはげしくなっている。


京大の小出先生の話では
中高年世代は、自分たちが原発推進してきた責任をとって、放射能に汚染された肉を食い
魚を食べて、日本の産業をまもるべき義務があるそうである。
どっちにしても死ぬのは、心臓、ガン、脳なんだから、覚悟せよとのこと。
その話を思い出し、また売り場に目をやるが、やはり買う気にはなれない。

若者世代の間では、この際輸入品のほうが安全だろうということで
輸入肉を買う人が増えている。
どっちにしても同じならと外国製の安い冷凍食品も人気。
食料自給率なんて、もうどうでもいい!ということらしい。
工業はどんどん外部化、農業もこのままではいずれ外部化だ。

政府の対応が後手後手にまわっているようだ。
民間に自由にまかせておいてなんとかなるほど、第一次産業は活力がない。
なんとか、日本の食の自給を守れるよう、
何をたべていいのか、安全対策が必要だ。

セシウムは半減期30年、土壌にも地下水にも残る。
一度限りの対策ではなく、制度的に長くつづく仕組みがほしい。











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宇和ゴールド [食]

生協理事時代の友人から宇和ゴールドが届いた。
表面が茶色く変色した部分がおおく、売り物にならなかったものらしい。
「宇和島じゃ、捨てるような値段よ。」とのこと。

おそるおそる半分に切ってみたら、皮のあつさはわずかに2ミリ。
レモン絞りでねじってみると、たった3個で500ccもジュースがでてきた。
ジューシーすぎるやおまへんか??

グレープフルーツルビーのような甘さ、夏みかんのような香り、
でも苦みもなく、さわやかである。
氷をいれてそのままぐい飲みしてみた。
めりめりっと身体にいいものが注入される感じ。
もちろん甘みを足す必要などなし!
きた!うめえ。
もう一杯、おかわり!

これ、柑橘類として売れないなら、ジュース用におろしてはどうだろうか?
宇和島市直営のジューススタンドを大阪にだしたらと思う。
何しろ、大阪人は生ジュース好きなのだ。
デパートの食料品売り場や、地下鉄近辺には立ち飲みジュースショップがよくある。
飲んだ後水をのみたくなるようなしつこさがなく、後味さわやかだから、人気でると思うな。

愛媛県ではゴミ同然でも
都会じゃ、十分に通用するおいしさだ。

煮立てた寒天にジュースを加え、みかん寒天にしてみた。
おシャレな味だ。
これも売れるだろうなあと思う。

どうです、私に任せてくれませんか??などと
いってみようかな?




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今度はヒラメも [食]

海底に生息するひらめ。
つりマニアに聞くと、もともと原発近辺によくあつまってくるらしい。
排出される海水温が高いせいか、たくさんの魚があつまり、それを餌にする魚も集まるとか。
海底火山や温泉噴出口付近にも多種類の魚が集まるそうだから、
やはり生物はあたたかさが好きなんだ。

福島でとれたヒラメから高濃度セシウムが検出されたとの一報がはいった。
やっぱりねえ・・・という感じ。
現在福島では漁連は水揚げしていないそうなので、市場にでまわっていないはずだから心配ないとのことだが
本当???

魚は泳いでどこにだっていけるのよと思う。
ついでにいえば、日本の原産地表示は
福島県内で水揚げしないで、よその県で水揚げすればそこの県産ということになる仕組みだ。
悪用する漁業者がいないといいけど。

セシウムが体内から排出されると聞いてほっとしたという読者がいた。
排出されてもまた、食べてしまう可能性もあるのだ。
なにしろ、排便すればそのうんちに放射性セシウムがでる。
草木をうえてみると、その草に放射性セシウムが検出され、
それをもやしてもその灰から検出される。
時がくるまでは、放射性物質はどこからもなくならないということだ。
またたべて、またたまってということがこれから繰り返されるのだ。

幸い重い物質なので、だんだん底にたまってはくる。
水俣湾の水銀もどこへも行かず、水俣湾の底に沈んでいるのと同じだ。

私には20歳代の娘がいる。
この子が私の年齢になるころ、ようやく半減期だ。
それまでこの子たちの世代が健康で過ごせるのかどうか、私は疑っている。
ましてや、孫世代は?
未来を考えるともうしわけない。

50歳をこえた私たちは粛々として死ぬだけだ。
これからガンになったとしても、私は騒がず、お金のかかる、高度先進医療もうけずに死んでいきたい。
それが当事者世代のせめてもの責任の取り方だろう。

ましてや若者世代からあつめた金で年金などもらっては罰が当たる!ような気がする。


友人の話では福島県民は家の中に財産が残っているので、なかなかあきらめきれないそうだ。
いっそ宮城県民のように、目の前から消え去っていたら、これからをどうするか考え始められるのに・・とのこと。
なるほどである。

それにしても、食べ物はこれからもますます問題になるなあ。









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放射能汚染牛と食品行政 [食]

セシウムに汚染された福島牛が食肉として10都道府県に流布していたと報道されている。
どうやら餌がたりなくなり、野積みしていたわらを食べさせたらしい。
3月12日の福島原発メルトダウン、そして水素爆発により大量の放射性物質が散乱した。
そのことは十分にわかっていたはずだが、目の前の牛の餌がないことに耐えかねてつい食べさせたとの弁。
その上つい出荷し、食用肉となってつい販売されてしまった。

ついとか見かねてとか、あまりに情緒的な言葉がでてくるのに驚いている。
食用牛を飼育するということは、食品製造をしているのと同じことだ。
食品はあくまでも安全が第一。
飼育農家にその意識がなかったということになる。

この事件は今後、各方面に影響をもたらすことだろう。
私が危ぶむのは日本の食品行政のありかたがこの事態収拾の障害にならないかということである。

飼育農家を管轄するのは農林水産省。
食品を管理するのは厚生労働省。
消費者問題を担当するのは消費者庁。
その上、経済復興をいそぐ経済産業省もからんでくる。

過去、これら省庁の縦割りが日本の食品行政の責任のありどころを曖昧にしてきた。
今回もそのようになりはしないかと恐れる。

放射能に汚染された食品を食べると、内部被曝がおきる。
そんなに牛肉を食べないから私は大丈夫などという人もいるが
おそらく、野菜や果物など農産物も汚染されているだろうし、
今後は魚や海藻といった海産物の汚染も発見されるだろう。
とくにセシウムは三大栄養素のカリウムの代わりに選択的に生物の体内にとりこまれるそうだ。
人はあらゆる食品を雑食しているので、それらの集合、蓄積がおきる可能性が高い。
食物連鎖による生物濃縮が心配だ。

たとえ汚染された牛肉を食べても、大量でなければ大丈夫という政府コメントがでているが
牛肉以外の食品からも放射性セシウムを摂取していれば、いずれ問題がでてくる。

セシウムの半減期は30年。
今後、何十年にもわたって汚染が環境内に残る。
体内にはいれば、100日以上200日未満で排泄されるそうだが、その間になんの影響もないとはいえない。
これからはなにか食べるたびに「これ、大丈夫かな?』と、不安を感じることになだろう。
私のような中高年はともかくも、子供にとってはまさに生きることの危機。

早急に食品関係機関の連携協議をおこない、対策を考えるとともに
検査機関の拡充と統合した監督機関を設ける必要がある。
この作業を民間の寄せ集めでおこなってはいけない。
確固とした信念と一貫性をもって国がおこなうべきだ。

また、この問題の報道は曖昧ではいけない。
明確に刻々と事実を伝え続けるべきである。
新聞やテレビでは汚染牛肉は10都道府県に流布と報道されてはいるが
その都道府県名をはっきりと公表しているマスコミはすくない。
毎日、産経あたりが
東京都、神奈川県、千葉県、静岡県、愛知県、北海道、愛媛県、徳島県、高知県、大阪府と公表している。

牛肉卸業者にわたされたあと、愛媛や高知、北海道にまで売られたとのこと。
和牛、肉牛であれば、その肉のルートを逐一たどれる仕組みになっているので
どこで販売されたかまで、公表するべきだと思う。

パニックが起きないようにと、
マスコミが情報を小出しにするという傾向があるが
食べた後ではもう遅い。
もはや日本人はあきらめムード、パニックになる元気もないかもしれないが。

守らなければならないのは業界ではなく、国民の健康である。
安心安全な日本産をウリに勢力的に食品輸出をしようとしていた矢先の原発事故であり
経済的な痛手はおおきいが、
それに負けて曖昧にしてはいけないのだ。
消費者の代弁者はあまりいない。
マスコミこそが代弁者にふさわしい。
ぜひしつこく、継続して追求してほしい。



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ほうれん草の値下がりから [食]

スーパーに行くとほうれん草が山積みされていた。
一束89円、大安売りである。
滋賀県産だが、売れていない。
所用があり、夜7時頃再度買い物にいったときも、まだ山積みのままだった。

テレビで連日報道される放射性物質検出の数値。
福島近辺のほうれん草は出荷停止中である。
関西の野菜はまだ大丈夫だとは思いながらも少々不安が残る。
地球は一つ、いくら大気中に拡散したとはいえ、ほんのり葉っぱについているかもしれない。


葉っぱの表面についている放射性ヨウ素は
十分に水洗いをし、茹で、もう一度水にさらすという調理過程でほとんどなくなる。
生のまま食べなければ安心だと私は判断し
せっかく値下がりしているのだからと我が家ではありがたく食べることにした。


もしも、水洗いで放射性物質がおちきらず
食べたことで内部被爆するとこわいとは思う。
このあたり、買う人の自己責任にゆだねられている。
つまりは主婦である私の責任ということだ。

「風評被害に惑わされず、いま売られているほうれん草を食べてもいいのだ」とテレビのタレントはいうが、
それこそ無責任な話で保障してくれるわけではない。
商品を買う買わないというのは心理的な部分が多いので
もともとが風評購買みたいなもの。
テレビでココアが身体によいと言えばみんながココアを飲みだす国民性だ。
大丈夫と報道するなら、視聴者も大丈夫と判断できるよう、
調理前と調理後の放射線量を計測して示すくらいのことはしてほしい。

いま、国産のほうれん草はたとえ九州でも売れ行きがおちているはずである。
かつて生協につとめていた私、今頃生協はどうしているのかしらと遠い空の下で思う。

スーパーには新しい売り場ができていた。
輸入野菜のコーナーである。
タイ産のきぬさや、中国産のしいたけ
つい先日まで「安心安全な地場産」が売り物だったスーパーだが
いまでは「安くて安心な輸入品」というポップがついていた。
安心の基準が大きく変わったということだ。

輸入野菜は、価格は安いし、案外新鮮だ。
冷凍品のコーナーにも外国産の冷凍野菜がいっぱい。
ブランチングという湯通し処理をしているので、そのまま料理に使える。
これまで輸入野菜を敬遠していた人でも、今回の事故をきっかけに輸入野菜を使うようになるだろう。

1986年にチェルノブイリ原発事故のあったベラルーシ産の野菜は
そこに舞い戻って住んでいる人たちだけが食べているそうである。
自給自足分だけをつくるそうだ。
30年後もまだ放射線量が高いだけに、胸が痛む話だ。

これから日本の農業はさらなるダメージをうけるにちがいない。
東北の酪農、養鶏場も多くつぶれ、海も汚染されているから、肉.魚も当分復活しにくい。
食糧難を補うためにますます輸入食品が増えるはず。
輸入はだめの水際作戦を終了し
先手先手に消費者対策を進めてほしいものだ。




















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スーパーまわり [食]

おじさん、おばさん仲間と一緒にいると
わかい人の生活にうとくなってしまう。
私は自称まちづくりの仕事人、いろんな年齢の人が集まる場所にでていくように心がけている。

今日はごく普通の30〜40代主婦の集まりだ。
子育てにお金がかかり、この不況でパートも重労働の介護系ばかり。
子どもの世話を親にたのみ(保育園の送迎などは親に一任)なんとかやりくりしているそうだ。

どんなスーパーで買い物しているのかという話題になり、驚いた。
私が知らない名前ばかりだ。
あそこは魚が安いとか、火曜日には特売があるとか。
生協で購入しているという人は一人だけ、ジャスコだって高いからあまりいかないそうだ。

1円でも安いものをもとめて、いろんなスーパーをはしごするのが日課。
新聞のチラシが愛読書、服のリサイクルも当たり前。
そうやってひねくりだしたお金で早くから塾に通わせるそうだ。
そんな時間があるなら、子どもを自分で迎えにいって家で勉強をおしえたら?と思ってしまうが
勉強は専門家に任せるのが一番!というポリシーがある。

毎日買い物にいくほうがその日の安売りを買えるので経済的という人と
店にいけば、なにかしら購入してしまうから、週に一度のまとめ買い以外はいかないほうが経済的だという人。
激しく意見を戦わせる横で、私はへえ、ふーん、と感心するばかりである。

食料費は切り詰めるだけ切り詰める!
そんな方針の人も多い。
激安スーパーは車でないとまわれない。
ガソリン代がかかるのはよいのかな?

ともあれ、若い世代の収入激減の実態はよーく把握できた。
子ども手当がなくなるとやっていけないとの声あり。
民主党唯一のクリーンヒット政策だということもよくわかった。
この世代に高齢者のことを考える余裕はないだろう。
自分のことは自分でしなくちゃ!とふんぎりがついた。








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事始め [食]

あけましておめでとうございます

昨年からの大雪で、比叡山の麓の我が家は雪で埋まった。
日吉大社の石畳の参道を大みそかから歩くお参り客たちが、あちこちですってんころりんとすべる。
おしゃれな欄干風のガードレール、これに頭をぶつけるとえらいことになる。
以前にぶつけ、あごの骨にひびがはいった本人が言うのだから間違いなし!

夜があけるやいなや、私はスコップをもち、凍り付いた道を割って歩いた。
お隣さんがそれをすくい脇によせてくれる。
その向こうでは市会議員さん一家が総出で雪かき。
年初めの仕事は、思いがけず地域共同作業となった。
まずは目出たい。


観光地に住むということは、それなりの心構えが必要である。
みんなが家の前をきれいにすれば作業は少なくてすむ。
でももちろん、全く何もしない人もいるので、出る人の負担は結構大きかった。
人間として、常日頃の生き方が露見する元旦であった。


昼間溶けた雪が、元旦の夜に凍り付き
その上にさらなる雪がふった。
2日は滑り雪崩のような状態である。
雪かきをしているところは雪だけを踏むので、すべらずに歩ける。
滑りやすい参道を緊張してあるき、我が家の前でようやくほっとした参拝客たちから
「雪かきしてくれてありがとう。」
と、たくさんの御礼の声をかけていただいた。

まるで日吉大社になったような気分である。
お賽銭はいただかなかったが、労がむくいられて気分は壮快。
おみくじなら1番大吉、まちがいなし。
今年もバリバリやれそうだ。

皆様、本年もどうぞよろしくお願いします





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