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愛してるって言ってほしかったわ [NPO]

夫婦関係でも

言葉が足りないことから意思疎通になり

もめることはよくあるけど

生活費ももらっていないときは、

なんでこの妻、別れないのかなと疑問がわく。

 

 

 

バス会と東温市の関係は

当会が押し掛け妻で行政が形だけの夫に似ている。

もとより愛は希薄

関係を育てようという妻の呼びかけにもなかなか応えてもらえず

一度は冷たく見捨てられ、傷ついたこともある。

 

 

それでも路線バスという子供を育てたいという思いは同じなので

そのことに関してだけは顔を合わせ、協力しあってきた。

川内バス改善はまだ入学したばかりの状態。

無事卒業し、次の進学をさせたいという願いはあるが、かなえられるかどうかは不明。

 

子はかすがいというけれど

それだけではコミュニケーション不足は補えない。

 

私の場合、行事のたびに泊めてくれていた友人が来年3月に転居してしまうので、

以降は泊まる場所もない。

これからはもう活動を続けられないと思っている。

愛された実感ももてぬまま古い妻は去らねばならない。

 

夫に未練はないが、残る子供が心配だ。

大事にしてくれよ〜 りっぱに育てて進学させてよ〜

よけいなおせっかいだけど、

そんな言葉をだれかに託したいな。

 

 

 

 


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京都の紅葉 [NPO]

ようやく寒くなってはきたが、紅葉には間に合わず、
青葉からそのまま茶色く枯れてしまった京都の名所が多い。
「地球温暖化の影響ですかね〜」なとど、地元の人は言う。
それでも性懲りもなく、私は昨日も街ブラをしてきた。


これからは市内が見頃と
電車の駅の紅葉マップに書いてあったが
それほどでもない感じ。
やはりどこも赤がさえない。
黄色いつわぶきや、さざんかとのコーディネートでなんとか見れる状態だ。

京都は日本一人工的な街だ。
何千年もかけ人の手で作り込んできた街。
木一本も自然のままには生えていないのだ。
人に見られることを意識し、自然にみえるよう、手入れしまくっている。
でも、気温や紅葉の色までは造作しようもない。
これがつまりは人類の限界なのかも?

着物パスポートというイベントをしている。
着物で訪れた人に入場料や食事を優待するというもの。
そのせいか、自前、レンタルをとわず、やたらと着物姿が多い。
茶色い紅葉でも着物との取り合わせは抜群である。
せっかくの観光で赤い紅葉を見られなくて、それはそれで京都に来たなあ!!と思えるだろう。

京都駅直結、大階段のクリスマスイルミネーション
お寺や神社にもぼんぼりや提灯
もちろん紅葉にもライトアップがあり
夜の演出が美しい。
まあ、よいか、さすが京都だ。




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節電の前に [NPO]

節電問題を考え続けている。
クーラーをかけないためには遮熱、通風を考えねばならない。
夜は壁にこもった熱を放熱するとよい。

現代の住居設計は通風を考えていない。
治安問題もあり、昔のように四方に大窓をつけることはできないからだ。
せまい土地にあわせて明かり取りのために窓があるという感じだ。
土地の向きにより、風の流れなど考慮していないのが実情。

せめてもと扇風機をまわしてみる。
多くても40W、1時間につかう電力は旧式の白熱球一つ分。
うーん、省エネになったもんだ!
室内にたまった暑い空気を扇風機で出すのがいい。

遮熱はまず直射日光をいれないこと。
カーテンもいいが、すだれもいい。
私は2センチの角材に家にあったおしゃれな布をつけ、窓の外の軒下にのれんふうに吊るしている。
ちくちく縫うのでもいいが、どうせ日光で色もあせるのだから一夏もてばいいと考え
ホッチキスでとめてみた。
あとで長さを調節したくなったときも、すぐやり買えられるので便利だ。

緑のカーテンもやってはいるが、最近は葉っぱの調子が悪そうだ。
猛暑のあとの長雨で病気が発生した模様。
やっぱり生き物は不確定要素がある。

コンクリートは熱を蓄え、夜、じわじわと放出する。
私は長いホースを買ってきて、夕方の水まきのときについでに家の外壁にも水をかける。
窓もきれいになり、一石二鳥。
なーに全部きちんとかけなくてもいい。
適当でも夜はすずしく、寝やすくなる。

昔は今ほど暑くなかった。
道路も舗装されておらず、家と家の間もかなりあいていて、路地を風が吹き抜けた。
昼間は暑くても夜はひんやししたものだ。

舗装されたアスファルト道路は熱を蓄えている。
家の前に道路があるとか、駐車場がコンクリートで覆われているというお宅では
一度手を当てて、確認してみるといい。
夜中でもじんわりあついのがわかるだろう。
これが日本中の夜をあつくしている。

水道の蛇口から水をまくということは上水道からの飲める水をまくことになる。
それはなんだかもったいなく、私は犬用のプールをおき、雨水をためている。
夕飯前、子供バケツと柄杓で手近な道路に水をまく。
アルミの柄杓がほしかったが、なかなか売っておらず、苦労した。
青いプラスチック製は重くて持ちにくいのだ。

我が家がやりだすとつられてご近所でも水をまく人がでてきた。
以前は自分の家の庭だけだったのが、ちょっと外へ飛び出した感じ。
道行く人が「ご苦労さん」と声をかけてくれる。

昭和時代みたい、なつかしいね〜







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NPO総会がおわりました [NPO]

今年の総会が終わった。
参加してくださった会員に申しわけないくらい、内容は地味だった。
なにしろ、昨年の報告だけで、今年の事業計画はほとんどないからである。
中央公民館が改築のため、1年間利用できなくなるためである。

公民館がないと、集まる場所にこまるのである。
「諸処の集会所はどうですか?」と言ってくれる会員さんもいるが
なにしろ小中学生が集まることがおおいので、安全を考えるとどの場所でもというわけにはいかない。
バスなどの公共交通機関があまりないので、自転車や徒歩で集まれるところでないといけないのだが、これが市内にはほとんどない。
森林や家づくり学習もふくめ、公民館でおこなう事業はすべて休止とさせたいただいた。

パソコンに関しては、公民館にすでにインターネットがなくなっており、もともとできる内容がひどく制約されていた。
公民館にパソコンを持ち込んで教室、講座を開くこともできないので、これも休止するかなと話し合っていたところ
市民から「自宅へ出張サポートにきてほしい」との要請があった。
登録サポーターさんがすぐにかけつけ、たいそう満足されたようだ。
こんな形なら続けられるのでは?とのことで、出張サポートとして事業を継続することになった。

あとはHP更新と「ふるさとやけん、よかろ?」の販売を続ける予定である。

しばらく会員のみなさんとお会いできなくなるのは淋しい限りである。
が、市内のバス路線改善のための協力事業は継続する予定である。

昨年の地域協議会の結果、今年こそは多少の路線、便数、改善が実現しそうだ。
公民館改築中の事業縮小で、当会では時間にも人手にも余裕ができた。
バス見直しへの協力に力をそそいでいくつもりである。

毎月第4日曜日朝の「みんなの公共交通を考える会」の月例会。
参加者はお年寄りがおおいが、そのお元気さ、そしてほがらかさにいつも圧倒されている。
私もがんばって滋賀県から通うので、今年はNPOの会員さんたちにも参加していただけるよう、お願いしていきたい。











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身に付いた芸 [NPO]

美容師の知人が被災地に出かけた。
クシとはさみだけで散髪ボランティアをし、たいそう喜ばれたそうだ。
なにも身に付いていない私は、お金や物資をおくるだけ。
阪神淡路大震災のときは伊予柑をもっていき、よろこばれたが、都会暮らしのいまではそんなこともできない。
じっと手を見る。
もう50年以上生きているのに、なにも身に付いた芸はない。
他の知人は中国語やら、タイ語ができるため、通訳として働いたそうだ。
別の知人の知人はなんと南京玉すだれを会得しており、慰問の準備中。
あーっ、私もそれを習っておけばよかった!

人前で話せば小難しいことばかり。
英語だけは少々わかるが、通訳できるほどでなし。
料理も手芸も人並み以下。
いや、これは困った。
なんにも人の役にたてることがないのだ。

日経新聞の歌手のさだまさしさんのエッセイをよんだ。
自分は歌うたいで何の役にもたてないとかなり悲観しておられたが
歌だけでも歌えるならいいじゃないかとうらやましい限りである。
なにしろ、私は音痴でもあるのだ。

孤児がたくさんいると聞き、
せめてもと里親を申し出たが
たとえ一時預かりにしろ、研修をうけてもらわないとと言われ、
これから2ヶ月間かけて受けることになった。
しかし、現地情報によれば「東北内で養育親を探すらしい」とのこと。
気負ったものの、空振りに終わりそうな予感がする。

せめて一つくらいは身一つでできる芸を身につけたい。








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東北の子供に関西を知ってもらいたい [NPO]

昨日、桜をみるついでに大阪の海遊館にいってきた。
いつもと変わった経路をと思い立ち、ユニバーサルスタジオ前の船着き場から
キャプテンラインという小さな船で海遊館についた。
水際の桜並木が思いのほかきれいだった。

春休みがおわったせいか、入館者は少ない。
幼児連れの若夫婦がのんびりと記念写真をとっている。
大震災の停電で関東以北の水族館では魚たちが死んでしまったそうだ。
改めて考えると水族館はどこもかしこもエネルギーを使う仕組みである。
生活に関係ない余分なモノなので、再度復活するのは無理だろう。
悠然とおよぐジンベエザメやかわいいウミガメの赤ちゃんたちを
津波で怖い目をした東北の子供たちにみせたくなってきた。

選挙では維新の会が大躍進。
橋下知事はますます勢いづくことだろう。
そのパワーで一度東北の子供たちを大阪に招待してはどうだろうか?
費用は関西住民のお金。
2泊3日の短期里親制度のような形で募ってはどうだろうか?
フォスターペアレンツのような方式でもよい。
いまから計画すれば夏には間に合う。

東北の人は東京は知っていても関西はテレビで見るだけ。
よほどのことがなければ一生訪れることはない遠い存在である。
橋下さんが首都機能を分散し、大阪都を考えているなら、もっと日本中の人に大阪を知ってもらうほうがいい。
ライトアップでキラキラ飾るより、
ずっと大阪の印象がよくなると思うが、どうだろうか?


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石原再選 [NPO]

関西では震災に関するニュースがだんだん少なくなっている。
テレビでは特番もなくなり、いつものお笑い番組などにもどっている。
まだ余震も多く(これまでならその余震自体が大地震級)原発も予断を許さない状態だ。
だが、関西人はひたすら悲しみつづけることに「飽き出した」のだ。

東北の人のことを思わないということではない。
ほとんどの関西人は深く同情している。
自分たちも阪神淡路大震災を経験しているので、おおいに共感している。
機会あれば何か協力したいと考え、デパートのご意見箱にさえ募金をいれてしまうほどである。
バスを待つ間、見知らぬおっちゃんおばちゃん同士でも「東北、どないなるんやろね。」と会話をかわすほどである。

ただ、
関西人は緊張が続かない。
悲しみに同化していても、その中に笑いを見いだしてしまう。
怒ったり泣いたりしていても、その自分自身さえも笑いの対象としてしまうような、どうしようもない性を持つ。
おもろいことがないと生きていけないのである。
まったくおもろくない状況下でも、おもろく考えることができる人間を上等だと考えている。

石原都知事が強面の発言を繰り返すのを聞き
こんな人、まさか再選されないだろうと思っていたら
東京の知人に「いや、当確まちがいない。」と言われ、おどろいた。
えっ、だって花見も自粛せいという人やねんで??

春がくれば桜は咲く。
桜を見れば涙にくれていてもほうっと見とれて、しばし悲しみを忘れるのが関西人である。
その際に多少のお酒があれば、なお嬉しと思うのである。
一人愛でるのもよいが、親しい人と一緒ならなお楽しい。
「避難所生活でも花見はしたで!」
生きて花見ができることをすなおに喜び、亡くなった人を悼んだそうだ。

「願わくは 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」
西行さんも生と死の移り変わりを詠まれている。
花見はただ酒をのみ浮かれているだけではないのだ。
(東京人の花見は騒ぐだけなのかもしれないが)
それまでいかんと言う無粋な人をリーダーにしたいとは思わない。

ところが石原氏再選。
78歳の硬派知事が82歳になるまでついていきたいと都民が意思表示したわけである。
私には到底理解できない選択だった。
家人や友人たちと話しても
「へえ再選?他におもろい候補おれへんかったんかなあ。」という反応。
消去法で残ったとしか理解できないのである。

東京の論理、関西の論理、
大切なことがまったく違うのだなあと思う。

これまでは東京が中心だったが
しばらくは大阪へ本社機能を移す企業が増えているそうである。
これをきっかけに東京一カ所集中をやめて
多極多様な価値観をもつ地方に首都機能も分散をしてはいかがだろうか?




























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再び学生になる [NPO]

今日は大学へ履修届を出す日だ。
おニューなリュックにipadをいれ、電車に乗った。
通学時間は約45分、うち15分は歩きとなる。
石山寺の前の川沿い道はさくらが満開、花見がてらの散歩となった。

昨年からいろいろと思うことあり。
元旦に『初心にもどり、わかったふりをしないこと」を誓う。
なんでもきっちり読み込み調べ上げるのは元研究者としての私の癖だったが
50歳をこえ、老眼になり、本もよみづらい状態になってからは
ついついさわりだけを抜き読みするようになっていた。

昨年、いつも昼寝ばかりしている娘と新聞記事について話しているとき
「あ、それ、あやふやでよう知らん。」と思うことがあった。
やつはたいした怠け者なのだが
さすがに若いだけあって、興味を引かれた記事は関連するものすべてを時系列を追って読んでいる。
聞けばおしえてくれようが、く、くやしいのだ。

ipadで文字が拡大できるようになると、新聞もすみずみまで読めた。
たしかに、目は悪くなっているが、頭や気力が衰えたわけではないと安心した。
しかし、いずれそれらも老いさらばえる日がくる。
このままでいいのか?と自分に問うた結果、
学生となって大学へもどり、頭の体操をすることにした。

じつはその前にひそかにいわゆるカルチャー塾にかよったのだが
試験もなにもなく趣味の世界。
楽しいがなかなか進歩せず、達成感がない。
おばさん友達とランチするにはいいが、時間をつぶすだけだと判断。
さっさとやめた。

老化する頭に不安をおぼえている男友達がおり
大学はいいよ〜と教えてもらった。
院にはいるならかなりの授業料がいるが、聴講なら1科目数千円だ。
それでも図書館と購買部は使えるし、教師に質問もできる。
毎日、桜並木を散歩していると、いずれはやせるかもしれない。
がんばれば、なんとかいう資格もとれるそうだ。
幾重ものお得感に決心した次第。
無駄に出費しないよう、弁当と水筒は持参する。

聞けばそんな中高年が結構ふえている。
いつかそれが日本を再びもりあげる原動力になるかもしれないね。













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地震学者石橋克彦 [NPO]

この大震災を予言していた!と後だしじゃんけんのようにいう人がいる。
はじめに言ってよね〜と思いつつ、過去記事を渉猟していたら
地震学者の文章に出会った。
神大の石橋克彦さんである。
20年前から、地震時の原発被害予測をされていた。
東海地震と浜岡原発についてだが、これを三陸沖地震と福島原発に置き換えると
あとはそっくり。
まるで生で実況中継をしているようである。
10年前には原発震災という言葉をもちい、強く訴えられたようだが日本のマスコミには相手にしてもらえなかった。
「原発は地球温暖化を防ぐ、クリーンエネルギーです!」というキャンペーン華やかなりし頃だった。
ご本人のブログを読むと、さみしそうにこう書かれている。
「いつかという話だったので、こんなに早く現実になるとは思いもしなかった。」

今日、放射性物質に汚染された水を海中に放出したことで、韓国政府から抗議をうけた。
連絡も予告もなかったそうだ。
同様に日本の農水省からも抗議をうけた。
「これから汚い水をながすよ〜みんなどいてね。」と一声かけるのが常識である。
さらに丁寧にいうなら
「これから流したいと思いますが、お許しいただけますか?」と了解をもとめるべきであろう。

礼儀正しい国民性を自負しているにもかかわらず、このように至らないのは
もはや東電にも政府にも余裕がないということだ。
枝野長官の顔も心なしか細くなり、色も黒くなってきた。
いまが一杯いっぱいなので、周囲にまで気配りできないのである。

次の政権を狙い、責任ある立場をさけている政治家や政党もあるようだが
現在の日本では未来図は描けない。
そんな先のことより、目前の原発問題をなんとかしなくちゃ。

外国にパイプのある政党が
スポークスマンを買って出るわけにはいかないのだろうか??
日本人みんなでのりこえなくてはいけない難局に
選挙工作をしている場合ではない。


原子力が生み出す電気がないと現在の生活を続けられないそうだが
もはや、別の意味で現在の生活を続けることはできなくなった。
まだまだ処理に時間がかかりそうだが(穏やかな終わりはあるのだろうか)
夏には風向と海流がかわり、汚染された海水が日本列島を太平洋沿いに南下するそうである。
いずれ、四国、九州にも影響がでる。
つらい情報ではあるが、逃げるわけにはいかない。
目をそむけず、逐一
情報公開してもらいたいと思う。


大地動乱の時代―地震学者は警告する (岩波新書)

大地動乱の時代―地震学者は警告する (岩波新書)

  • 作者: 石橋 克彦
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1994/08/22
  • メディア: 新書




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過疎地の公共交通 [NPO]

公共交通ワークショップも4回目をおえた。
滑川から松瀬川、河の内、井内と川内の4つの谷をまわりおえ、ほっと一息ついた。
行政とコンサルタントや公共交通アドバイザーの学者と一緒に地域のサロンにお邪魔する形。
設定、運営は私たち市民サイドの役割である。
お金のやりくり、ボランティアのやりくりもあり、手間がかかって大変だ。

だが、アンケート調査とはちがい、内輪の話が直接聞けるのがうれしい。
川内のサロンには3年前にも「みんなの公共交通を考える会」としてお邪魔しているので
おばあちゃんたちから
「あんたたちのこと、覚えているよ!」との声援もとび、なかなかいい感じ。
旅回りの一座ってこんな感じなのかも?
おひねりならぬ、栗の甘煮や手作り団子が差し入れられ、どこでも結構な歓待ぶり。


田舎のお年寄りたちは案外元気である。
一人暮らしも多いのだが、しょぼんとせず
できる人ができない人を助けあってわきあいあい。
80歳代の人が運転して送迎をし、サロンを運営している現状に胸が痛い。
やっていることは同じだが、3年前はこのかたも70歳代だったので
さほど驚かなかったっけ。
彼女のがんばりがみんなの集いを維持している。
でも、それは、いったいいつまで続けられるのだろうか?


ここに来れるのは元気な人だけと聞き、来れない人のことが少し気になる。
病院の待ち合いで「あの人見んけど、どうしたん?』
「あ、病気なんで今日はこれん。」という笑い話を思い出した。
お見舞いにいくにしても車がなければ訪問できない。

一度東温市をでて子どものところに引き取られたものの、そりがあわず戻ってきた人もいる。
そんな人は住民票を戻していないから、介護保険もうけられないとか。
いるけどいないどこにも数字として見えてこない。
こんなどん詰まりの高齢者も田舎ではめずらしくない。

また、3年前にうかがったときは自転車に乗っている人もいたが、今回はひとりもいなかった。
かわりに増えたのがシニアカー。
「運転してます!」ときっぱり言われるおじいさん。
よーく聞くとそれはシニアカーだった。
家からバス停までを30分かけてマイシニアカーででかける。
傘もさせるし、荷物も運べる。
東温市内は道だけは舗装されているので、シニアカーも運転しやすいそうだ。
だが病院やスーパーにはそこからバスに乗り換えなくてはいけない。
ステップの高いバスに乗り降りするのが一苦労みたい。
電車ならシニアカーごと乗車できるのに、やはりこれがバスの限界かと思う。
それにしても、マイシニアカーをバス停に放置して盗まれないのかな?

車の運転をやめた人、のせてくれていた夫をなくした人。
家族の変化を感じる。
家族と同居していてもみんな働いていて高齢者の送迎ができかねる場合もおおく
行きは車でおくってもらうが帰りはバスやタクシーを利用するという人が増えていた。
そのタクシーも病院などの出先から自宅までをタクシーにのると高くなるということで
愛大病院から川内営業所まではバス、そこから家までタクシーに乗るということだった。
6万円ほどの国民年金だけではタクシー代は大きな出費。
公共交通ニーズは以前より増えていると感じる。
できるだけ節約したいというが、その度によいしょとバスによじのぼらねばならない。
おーい伊予鉄さんよ、山ノ内線のような低床バスは川内にはまわしてもらえないんでしょうかね?

さくらの湯にいく頻度もかなり減っていた。
高齢者だけで温泉に入るのが不安だという。
3年前には乗り合いでタクシーをとばしてでも温泉に入るという人が多かった。
腰や膝、脊椎などが悪い人が多いので、温泉にはいると楽になるという。
せっかく温泉町に住みながら、えいっ悔しい!
温泉治療という言葉もあるし、せっかくある施設だ。
なんとかならんのかしらねえ。

私たちがぐずぐずしている間に人は老いていくのだ。。
次は上林、バスのない地域。
最後まで気を抜かず、調査をやりとげたい。
メンバーみんなでがんばっていきまっしょい!




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