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美術館マナー [美術館]

四国が雨になると翌日滋賀にも雨が降る。
「明日は雨だよ!」と愛媛の友人にいわれ、大慌てで出かけた。
私の住まいから京都までは電車で15分、京都市内よりも京都に近いと思う。
京都の国立国際美術館で開催されている上村松園展がお目当てだ。
上村松園全随筆集 青眉抄・青眉抄その後

上村松園全随筆集 青眉抄・青眉抄その後

  • 作者: 上村 松園
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2010/07
  • メディア: 単行本

京都国立近代美術館は平安神宮の真っ赤な大鳥居のそばにある。
東山と比叡山をバックに美観際立つ風致地区である。
紅葉も終盤になり、この時期の京都は観光客でいっぱいだ。
何度も京都を訪れている京都好きの高齢客は、たいていの観光寺をまわってしまっている。
最近の観光バス旅行は美術館やコンサートホールのイベントを旅程に組み込んでいるそうだ。
恐る恐る中に入る。
もちろん私は、年間5000円の美術館友の会メンバーである。

すでにどっちゃりと高齢者が群れている。
外国の人もいるはずだが、すっかりかすんで目立たない。
かつて美術館では1枚1枚の絵の前でしずかにたたずみ、目線をかえるため時には腰をおろして鑑賞するものだったが、今はそんな悠長な人はいない。
ソファの上にはお荷物小荷物を広げるおばさんで満杯。

高齢者グループは声高におしゃべりしまくる。
昨日のご飯のことやら、前にみたどこそこの絵のことやら、思い出すすべてのことを共有しあいたいみたい。
なにしろ人生経験が豊富なだけにどなたも話題には困らないようだ。

女性が8割、男性2割。
ほぼ全員がガイド機をもち、一枚一枚の絵にむかって一斉に突き出している。
いや、そんなに前に出さなくても聞こえるやろ、と思うのだが、どうしてもガラスの真正面にむけなくては気が済まないらしい。
絵を見るより、ガイドを聞くのが主目的みたいだ。
さらに悪いことにガイドを借りない高齢者はガラス面すれすれに身体をよせかぶりつきで見なくては気が済まないのだ。
そして「あ、あの着物の着方、襟をグゥッと出しているわね、そうよね、着物のえりって一番汚れるものね。」
などと体験をこめた解説をするのだが、その度にきれいに磨かれたガラス面を指さすものだから、主要な絵の正面は指紋まみれだ。


あちこちで携帯音が鳴る。
高齢者は携帯の着信音を大きくしてるので、それはそれはぎょっとする。
たいていはラブリーなオルゴール音などのメロディである。
背中のリュックなどにきちんと収納している人も多いため、着信音を切るまでにずいぶんと時間がかかる。

最近の高齢者はお行儀が悪い。
旅に出たからはめを外すというのではなく、普段からこういう生活態度なのだと思う。
つまり、みんないつでもこうやっているのね、と思わせる、堂々とした傍若無人ぶりなのだ。

高齢者のすきまから斜め遠目でみせていただいた上村松園はすばらしかった。
美術館所蔵品だけでなく、個人所有のものもかなり集めて展示している。
掛け軸仕立てのものは表装も見事で、それだけでも見応え十分。
どの絵もたたみ一枚ほどの大きな作品だが、なにしろ色がしっとり落ち着いているので、圧迫感はない。
お、これはたしかレオマワールドにあったもの!などと古い記憶がよみがえるのもまた楽しい。


展覧会の図録を購入しようと即売所にいくと、またこれが大変な高齢女性の渦。
こんなものまで美術館で買うのかというような買いっぷりに圧倒される。
レジは大混雑である。
出口近辺に固まってグループの他のメンバーを待っているようだが、ほぼ出口封鎖に近い。


私もいずれ高齢者の仲間入りをするのだろうが、あんなふうにはなりたくないなあ・・・と
心の中でつぶやきつつ、彼らに占拠された神宮道を迂回してこそこそ帰ったのだった。








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