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大河ドラマにもの申す知事 [人生勉強]

兵庫県の井戸知事がNHKの大河ドラマを「画面が汚い」と批判したらしい。
もともと大河ドラマをみない主義の私だったが、にわかに興味がわき、見てみた。
最近はオンデマンドでなんでも後から見る事ができるので便利である。
平清盛が白河上皇の落胤であることを説明するのに初回を費やしていたのがやや不満に思えた。
そんな信憑性の低いことを大前提にされても困る。

が、画面などはさほど汚いとは思えなかった。
派手さはないが、後半には平家の栄華ぶりがでてきらびやかになるのだろう、
初回の画面は、白黒無彩色にわざと作られているような気がする。

前回のお江はあまりにもおふざけがすぎた。
それでも滋賀県に観光客がやってきた。
今回の清盛は話題のイケメンを投入している。
高齢の兵庫県知事の目には地味でも、女性ファンが訪れること、まちがいない。


実は私は神戸生まれの神戸育ち。
須磨の海を産湯がわりにハイハイした過去がある。
幼稚園のお遊戯会、小学生の学芸会、何度となく清盛や平家の最後を演じてきた。
だから、神戸港の元が清盛の開いた大輪田泊であることは知っている。

関東や東北の人は源氏びいきといわれるが、兵庫の人はたいてい平家好きである。
一の谷の合戦、鵯越の逆落としについては、「義経卑怯や。」と完全に平家目線でとらえている。
弱冠16歳の平敦盛の首を切った熊谷直実に対しては「おっさん、なにすんねん。あとで悔いても遅いわ。」と思っている。
私たち関西の中高年にとって、平家物語は受験古典頻出でもあり、とてもなじみ深いものだ。

退職世代が観光の中心になる時代。
このタイミングで平家物語を取り上げてもらったことで、この夏、神戸への観光がふえるだろう。
むかしなつかし、平家の栄華だ。

震災後の観光復興はルミナリエ中心。
有名だが、あまり神戸にお金が落ちないイベントである。
同じ轍をふんで、ゴミだけ残されないように、心しなければならない。
昔、JRのキャンペーンで三都物語というのがあった。
三都物語―京都・大阪・神戸 (朝日カルチャーVブックス)

三都物語―京都・大阪・神戸 (朝日カルチャーVブックス)

  • 作者: 朝日新聞社会部
  • 出版社/メーカー: 大阪書籍
  • 発売日: 1983/01

京都、大阪、兵庫が組み、平家にまつわるツアーを紹介していくべきだろう。
非業の最期を迎えただけに、平家関係にはパワースポットも多い。
これもまた今時人気。
海外の観光客にもアピールできるネタだ。
知事ならば、たとえおもしろくない番組でも持ち上げてみせるべきではないか。
ましてや、まだ一回目なのだから。

滅びの美『敦盛』―須磨・一の谷・須磨寺

滅びの美『敦盛』―須磨・一の谷・須磨寺

  • 作者: 小池 義人
  • 出版社/メーカー: 須磨寺
  • 発売日: 1985/07
  • メディア: 単行本















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小さな幸せをつみあげること [人生勉強]

「少年よ、大志を抱け」と言われて育った世代である。
高度成長期まっただ中の青春であり、がんばれば何者かになれた時代であった。
だから、みんな夢を抱いた。
寝る暇もないくらい忙しかったが、それがいつかは報われると信じていた。

去年より今年、必ず収入があがった時代だ。
物価も毎年あがったから「その収入で早く何かを買っておけ、早く使え。」と国も親も言っていた。

いま、我が娘世代は今年より来年収入が下がる負のトレンド真っ最中。
中小企業の半分は突然冬ボーナスなしの通告があったそうだ。
「その日に備えてできるだけ使わないで蓄えておけ。」と言われている。
そんな中、エコポイントやらなにやらで無駄遣いをすすめる政府。
きっと担当者が私と同じ高度成長期世代なのだろう。
誘い出されるのは同じ世代以上の年寄りたちかも?

今の若者にそらあ効かんで、とひそかにつぶやく。
北風と太陽の寓話ではないが、世間が暖かくなければコートは脱げないものだ。

こういうとき、人は外へいかず、家族や友人たちとひっそりと楽しむことが好きになる。
外食よりは中食、お家で楽しめるゲームが見直されている。
我が家の子供たちはすでに20歳をこえているが、家族が一番大切だと真顔で言う。
一緒にピザやギョウザや鍋をつくり、昨日も今日も同じ話をしながら食べている。
30年前の私は「こんな生活しけている」と思っただろうが、現在の20代は「これが幸せ」だと言うのだ。
円高でダウンコートが安く買えて幸せ、無料ゲームアプリをクリアして幸せ。
「大志なんて抱くだけ無駄。」だと、はっきりのたまうのだ。

身近な幸せをこつこつ積み重ねていく、窓の外を夢見たりはしないのが彼らなりの処世術なのだ。
顔をだしても猛吹雪にあうかもしれないしと言う。
はじめは「若者のくせになんて世界がちっさいんだ。」と思ったが
人類の歴史をみても、氷河期には身を縮めるのが本能というもの。
今、あえて寒風の中、冒険にでかける必要もない。
いつまでも永遠に冬のままということもないのではないか。
いつか来る雪解けまでに、小さな幸せで心を見たし、気持ちをつないで元気でいてほしい。


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Dr.Cho [人生勉強]

チョウ先生、ここにはたくさんいるからなあ・・・
あちらのチョウ、こちらのチャンというほど、韓国人にはありふれた名前の先生をさがし
あちこちの教室をうろうろ。
学生復帰、はじめての招聘研究者の授業はまずは教室探しから。

環境経済学、資源経済学とよれよれしながらも順調に進み
ようやく海外研究者の講義を直接受ける決心がついた。

先生は韓国育ちだが、ナンバースクールに行きはぐれ、将来を悲観していたそうな。
かつての日本もそうだったが、韓国は学歴差別がひどく、ナンバーワン大学をでないとよい人生をおくれないとか。
しかし、アメリカに行き、一所懸命勉強したら、なんと世界に名を知られる研究者になり、よいポストよい収入をもらい幸せになれた。
今でもアメリカンドリームはありますよ、若い人はためしてみなさい。
そんな前ふりがあり、私はもう若くもないが、心がときめいた。
手をあげて、「先生私でもはじめられますか?」とお聞きしようとしたら、隣のもさっとした男子生徒にさきをこされた。
だが、質問は私たち二人のみ、他の生徒は日本の就活に悪影響を及ぼすのではないかと臆病だ。

朝5時半起床、7時から仕事、5時半帰宅、1時間水泳、9時就寝。
すばらしい生活だ。
まわりにいる教授が「私なんか夜九時に帰宅準備だ。」とぼやいていた。

今日は二日目、公開授業。
我が家の芋娘を誘ってみたら、二つ返事で都合をつけてきた。
なにしろ、口からとびだしそうなほど海外留学にあこがれている。
チョウ先生の英語はものすごくわかりやすく日本人向き。
英語のできない娘でも30%くらいは理解できるだろう。
これでついていけないなら、留学じゃなく、地道に働いて時々旅行したらいい。
それそれに向いた海外体験があるもんだと悟るかもしれない。




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延命したいですか?? [人生勉強]

このごろ、毎日のように服喪中、年賀欠礼の挨拶状が届く。
父母、祖父母、だいたいが85歳以上で、最高は99歳で亡くなったとのこと。
82歳なら若いほう、皆さん長生きである。

私の母は、74歳で亡くなった。
重い病気だったので、しかたないとは思うものの
ちょうど我が子が中学高校のころを介護に追われ、
参観日に行った記憶がない。
また、私も若く、収入も少なく、
あくせく毎日をいそいでいたので、余裕がなかった。
「親が弱ってきてね、時々実家に帰って一緒にご飯たべているのよ。」などという友人の言葉に
嫉妬をおぼえつつも、亡き母への言葉にやさしい気配りがなかった己を反省している。

日本老年医学会で、終末期の胃ろう治療をやめることを選択できるようにしようという提案があったそうだ。
胃ろうチューブで栄養をおくりこんで延命されることをのぞまない患者にはやらないということだ。
栄養をいれなければ、自然にやせ、だんだんと死に近づく。
本人の意思表明が事前にあればそのまま自然に死なせてもらえる、それも権利だという主張である。

現行では、医師として、できる治療を施さず、延命できるのにしないということはできない。
しなかったら、かえって訴えられることもある。

胃ろうで栄養を送り続けている患者は
たとえ意識がなくても、身体はつやつやしている。
また胃腸が丈夫なら大小便も普通にでる。
自発呼吸があれば何年も生きられることもあるそうだ。

別れがたく名残惜しい家族の中には、その身体がこの世にあるだけでもうれしいという人もいるから
本人の意思表明ははっきり文書化して残しておかねばならない。
本人が元気なときにそういっていただけでは、あとで争いになるからだ。


私の母もその状態で半年過ごした。
朝夕、家族が交替で見に行ったが、この治療をことわるかどうかでもめた。

なじみの公立病院は早々に退院させられており、脳腫瘍だのに脳外科のない老人病院に入っていた。
以前から母は無駄な延命はいやだとよく言っていたが、文書などはなにもない。
私は意識のあるうちは、食事を介助するため、往復5時間の道のりを病院まで通い続けた。
意識がなくなると「集中管理しやすい病室にかわってほしい」と病院側に言われた。
集中管理しやすい病室というのは、つまりは、チューブにつながれ意識のない患者たちの大部屋であった。
細長い部屋に20人が焼き鳥の串のように並んでいた。
そんな部屋が他にもう一つあるらしかった。

食事も投薬もチューブ類をとおしてなので、看護士さんの出入りも定時見回りのみ。
異常がなければとても静かな部屋だ。
ベッド間は布団が足れているので、50センチほどのすきましかない。
見舞いにきてもすわる椅子もなく、花をかざる場所もない。
たったまま顔をみて、手を握り、一声かけて帰るしかない。
眠り人形の世話をするように、身体をふき、口中を清掃してくれるのをみていたければ、廊下にでないといけない。
清潔に手入れしやすいよう、服は着せず、浴衣をかぶせているだけだ。

こういう状態になると、病院への支払いはとても安い。
私立なので、シーツ代くらいはかかるが、部屋代、医療費ともに保健でまかなわれるので、負担はない。
しかし、母は2つの無制限の生命保険にはいっており、1日に3万円の入院費がもらえるのだ。
長年、無収入の専業主婦だったが、意識がなくなってから、お金を稼ぎだしたのである。
残念ながら、自分が得たお金を自分で使うことはできなかったけど。

その上、生きていさえすれば年金も入る。
若い頃、大きな会社で数年働いたことがあったので、年金はちょっとした小遣い程度にはあった。

母の意思どおり、胃ろうや特別な延命治療をことわれば、そのうち自然に死ねるとわかっていたが
「わざわざ治療を断る必要はない、意識あったときほど手間もかからないんだから」というのが家族会議の判断であった。

焼き鳥串状態の母をおばあちゃん子の娘たちには見せたくなかったので
私ひとりで通っていたのだが、
ある日、
長女が一人で病院へ行って目撃してしまった。
あとからほかの部屋の人に
「おばあちゃん、おばあちゃんって何度も呼びかけてたよ。薄目でもあけてくれたらと私まで祈りたくなった。」と言われた。


医療保険財政も厳しくなってきている。
望まない患者に強制的に胃ろう処置をすることは合理的ではないという意見もあるにちがいない。
しかし、保険と年金がからむので、本人の意思確認が明確でないかぎり、家族はやめる判断がつきにくいだろうと思う。

この問題を議論すると、かならず障害児/者の問題にまで広げる人がでてくる。
意識なく、胃ろうで命をつないでいる人がたくさんいるからだ。
「つまりは意識のない人は生きてはいけないってこと??」
三段論法で、「意識がなくても生きる権利はある」という話に持ち込まれることもある。
そのあたり、きちんとわけておかねばならない。


母は老人性の認知症ではなかったが、脳の萎縮がはげしく、
意識がなくなる半年前でも、もはや字をかくことはできなかった。
こういう病気による認知症の場合はどうするのかも、議論の端にのこしてもらいたい。

私自身は早々と自分の意思を書面にのこしておきたいと考えている。
自発呼吸がなくなったら、人工呼吸をするのもお断りするつもりである。

延命医療と臨床現場―人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学

延命医療と臨床現場―人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学

  • 作者: 会田 薫子
  • 出版社/メーカー: 東京大学出版会
  • 発売日: 2011/07/23
  • メディア: 単行本














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美智子様 [人生勉強]

滋賀大学の授業でグループでレポートを書くようにと宿題がでている。
「天皇制と民衆について」すごいタイトルすぎて、どこから手を付けてよいのかわからない。
グループの一人は年配の女性で、
「私は天皇がこられたときのことを覚えている。あれもこれも知っているから一人で書きます。」と、のたまわれた。
えっ?グループで協力、分担するんじゃないの??
あとのメンバーはぴよぴよ鳴くばかりである。

私は一晩熟考し、翌朝一番、県庁へ電話してみた。
すると県政資料室には、これまで天皇が行幸されたすべての資料がそろっているという。
さっそく見せていただくことにした。

図書室のようなつくりで、奥のほうにはきちんと整理された膨大な資料がある。
開架方式ではないので、担当の方が天皇巡幸に関する資料を抜粋して選んでおいてくれた。
明治時代の資料は、私には古文書ともいえるもので、読みにくいこと読みにくいこと。
その上、紙質も薄く、心してめくらないとよれてしまう。
一冊目、半分ほどでなんと大津事件の記録に遭遇した。
ロシアのニコラス皇太子遊覧見物の最中に津田巡査が切り掛かったという大事件である。
場所は京町、今いる県庁のすぐ近所の街道筋。
高校時代の教科書では、びわ湖のほとりをぶらりと観光中という記述だったが、まったく違う情景である。

頭骨にたっする深い2本の傷で、さぞや大出血だったことだろう。
すぐお付きのロシア侍医の手当をうけた。
日本側は有栖川宮も先導同行、前日は京都御所で天皇も歓待していた。
当時ロシアは大国であり、外交問題になれば大変だ。

犯人は西南の役の闘士、勲章までもらった警官であり、それなりの論理と覚悟がある。
明治24年5月11日、まだまだ明治維新の爪痕が残っていたころのことだ。
これをきっかけに街頭で異論各論演説する者もでてきて、大津市内は騒然とする。


最初はしぶしぶ読んでいた資料だったが、ここまでくると俄然おもしろくなってきた。
それにしてもこの記述、臨場感あふれ、緊迫した様子が伝わってくる。

ロシア勢は神戸に軍艦をのりいれており、皇太子一行はいったん京都の旅館に戻ったものの
13日には停泊中の軍艦内にもどり、19日にはロシアへ急遽帰国してしまった。
このとき、天皇も心配して神戸まで見送っている。

平成の行幸はというと、平成7年と20年の二度。
こちらはカラー写真もたくさんあり、大変読みやすい。
日本が豊かになり、お出迎する側も準備おこたりないが、
あまり気を使わせぬようにと、行幸正式決定はわずか数日前である。

あちこちめくっているうちにふと気づいたことがある。
3日の予定だと天皇陛下は2着のスーツ、美智子様は3着のスーツ。
美智子ファッションはデザイナー植田いつ子さんの特製である。
手をふっても華奢な肩が目立たぬようにマント付きだ。
平成7年と20年、実は同じ一着を召されているのだ。
なんという物持ちの良さ。
また、13年後も同じスーツが入るほど、体型を維持されていたというのもすごい。
ブローチ、帽子は違えど、イヤリング、靴はほぼ同じ組み合わせだ。

日程はこまかく区切られ、ほぼ1時間毎に移動されている。
行き先それぞれにふさわしいお言葉をかけ、住民ともコミュニケーションあり。
大変なハードスケジュールを連日こなしている。

美智子様の人生は山あり山あり、谷あり谷あり。
いじめ中傷も多かったのに、耐えてこの笑顔。
えらい人やなあと感動する。



かつての行幸は天皇陛下お一人のことが多く、
皇后がクローズアップされだしたのは美智子様になってからである。
戦後日本を変えるために、時代がこの方を必要としたのかもしれない。

昨今は両陛下とも体調がおもわしくない。
今後は行幸もせず、もうゆっくりと休んでいただきたい。
皇后さまと子どもたち

皇后さまと子どもたち

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2008/10/11
  • メディア: 大型本


















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骨董の世界 [人生勉強]

『お宝」という言葉がある。
なんでも鑑定団というテレビ番組を見ていると
財界や政界の地位ある人や芸能人の家にはもとより
ごく普通の一般人の家庭にさえ、骨董的価値、希少価値のある「お宝」の一つや二つは眠っているようである。

夫はこの番組が好きで、録画してまで見ている。
あら見た事のあるお宝だわ!と思ってみていると、録画を再度見直していたりするので、驚く。
夫の実家は小さなお城の家老の血筋だったそうで、その末裔のはしっこになるらしい。
土蔵はなくとも、なにか「いわくいわれのある」掛け軸の一本や二本はあるのかと思えば、
大のきれい好きだった姑が、わかくて元気なころにすべて一掃してしまったそうで、
今や何一つない。
手彫りの欄間も桐タンスもプレハブを新築したときに捨ててしまったそうである。
昔の職人の手仕事はそれなりに風情あったはずであるが、惜しい事をする姑であった。

骨董の世界は魔物が住んでいるそうである。
ばかされやすく、だまされやすい。
身銭をきって失敗することを「勉強させたもらった」などと言い換えねばやってられない。

君子危うきに近寄らず!
主婦である私は遠巻きにみるだけ、古いものは博物館でみるだけにしていた。
ところが、今年参加した大学の経済学史の先生が骨董好きで、脱線すると茶碗や書画の話題になる。
時折は写真などもみせていただき、ほんの数千円で購入できる骨董品もあることを教えていただいた。

京都や滋賀などでは、明治時代、江戸時代の小皿などはすぐに見つけられる。
染め付けの美しさだけでなく、それにまつわる曰く因縁、故事来歴もまた骨董の価値だそうだ。


実は私は昭和時代のビーズのバッグの収集をしている。
骨董といえるほど古いものではないし、お宝とよべるほど金銭的価値もない。
人によっては中古品と呼ぶだけかもしれない。
親戚のおばたちから譲られたものを大事にしていると、知人たちからもいただくようになり、自然と集まってきたのだ。

昔は農家の女性の冬の手仕事としてビーズ刺繍をしていたそうである。
図案などもアートモダンなものから日本画のように繊細なものまで。
今はやりのビーズ刺繍とはまた違う、どっかりした迫力がある。

昔にしては高価なもので、和服で、特別のお出かけする際に使われたそうだ。
どんな女性がどんなおしゃれをしてどこへでかけるのに使ったのかなあなどと空想していると
楽しくなる。


女のおしゃれ品はかんざしや着物、帯などが多く、さして古くもなく、しかもあまり資料がない。
ほとんどが日常使用されていたものなので、傷んでいることも多いのが難点だ。
これからもビーズのバッグを集め、保管していきたいと思っている。
私の娘たちがおばあさんになったころには骨董として値打ちがでてくるかもしれない。
そのころまでテレビ番組があれば、杖をつきながら、なんでも鑑定団に出場し、故事来歴を語ってみたいなあ。





















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びわ湖実習 [人生勉強]

台風のさなか、横殴りの雨をあびながら研修船が出港した。
雨はひどいが、風はさほどでないという船長の判断だ。
いくら湖とはいえ、注意報でてるのに?とおもったが、一人泳いで逃げ出すわけにはいかない。
私たちは環境学の実習中なのだ。

定員30名のところ、のりこんだのは22名。
いくら私が重くても、沈みはしないとは思うのだが、
なにしろ学生全員が物見高く、何かが目につけばその舷に民族大移動。
バランスが悪くなってはいけないと思うので、私ともう一人のおじさんだけはかたくなに反対方向に移動。
あまのじゃくではない。
あくまでも皆の命を守ろうという大人の配慮である。

プランクトンネットをひらくとねっとりと濃い湖水がたまっている。
顕微鏡をのぞきこみ、写生しろとのこと。
顕微鏡はしっかりテーブルに固定されているが、私の身体は固定されていない。
船が左右にゆれるたびに私の顔も左右にゆれる。
あげくのはてにがつんと顕微鏡にぶつけ、視野の中のミジンコがどこかへいってしまった。

南湖の水は超汚い。
北湖の水はかなりきれい。
予定では北湖の深層水をぐい飲みするはずだったが、さらに天候があやしくなり、途中で停止。
近江大橋手前では水はのめません!と心の中で叫ぶ。
しかし、この水を京都や大阪の人はのんでいるんだ。
もちろん浄水しているとは思うが。
おそるおそるコップにいれてにおいをかぐ。
「今日は湖底からかきまわされているので、泥がまじってますから飲まないように」
ああ、よかった。

ところが「では泥をとります!」とやにわに宣言された。
雨に顔を打ち付けられながら、するする採泥器をおろす。
南湖の推進は4mもないので、すぐに底につく。
北湖は40m以上なんで、これは時間かかるそうだが。
ひきあげた泥はまるで「死海の泥パック」のような灰緑色。
「はい、ひとずつこれをさわって見てください。」
まじっすか?
ねとねと、すべすべ、にゅるにゅる。
いかにもいろんなものが沈殿してそうである。
糸をひきそうなネッチョリ感におっかなびっくり鼻をちかづけてみる。
と、案外無臭なのである。
かんがえてみれば、栄養豊富な分、パックに使えるかも?

帰りはさらなる時化っぷりで、気持ちあせるだろうとひそかに船室をのぞけば
若い船長は鼻歌をうたいつつ、ゲーム機をあやつるように軽いノリ。
こんなにゆれていてもたいした事ないのかなと、その悠揚迫らぬ態度に私もようやく気がおちついてきた。

緊迫感ありすぎて、誰一人船酔いする人もなく、無事下船。
残念だったのは、春から秋までの間出現するという二つの還流をみることができなかったこと。
鳴門の渦潮みたいなのが見えるのかと期待していたのにね。









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野田政治に望む事 [人生勉強]

手話教室から帰ってテレビをつけると、 野田氏が民主党代表に決まったというニュースが流れていた。
最初は海江田氏が1位だったものの、決選投票となり、野田氏が逆転勝利をおさめたそうで、ドラマチックな展開である。
出る出ないでもめた前原氏はいったい何だったのか、党内の位置すら不明。
これで消費税増税が決まったようなものだとニュース諸子は語る。


昨日まで我が家に岩手の子が遊びに来ていた。
向こうはもうすでに秋の気配がしているらしく、長袖の上着を持ってきていた。
「大阪は暑いねえ。」とおどろき、「だからなのかあ。」と納得したそう。
じつは、公務員の彼女、仮設住宅にゴーヤの苗を配ったそうだ。
炎暑よけの緑のカーテンにという配慮だそうだが、これがなかなか茂らない。
その内朝夕涼しくなりはじめ、もうこのまま枯れるしかないと思い始めた。

我が家近辺では、ゴーヤカーテンが大繁盛である。
しかし、所詮沖縄の植物、東北の気候にあうはずもない。
全国一律に省エネ対策、ゴーヤカーテンセットを配るところが、いかにものお役所仕事だ。
これに税金が使われているが、まったくの無駄金である。

それよりも、断熱のきかない薄壁、雪にうもれそうな平屋根の仮設住宅に冬の寒さ対策をしてあげてほしい。
全国民が節電、節約を強いられ、「ほしがりません、復興するまでは!」状態で耐えているのだ。
その貴重な税金を紋切り型の政策で、無駄遣いしてほしくない。

福島も当分住めないのなら、どんな批判をうけても住ませない決定をし、
早々に長期に住める家と仕事を用意するべきだ。
あいまいな期待を抱かせることが、住民の身の振り方の決断をゆがませてしまう。
東北地方に、厳しい冬がくる前に、なんとか、安心できる棲み家を提供してあげてほしい。

責任は政府と東電にある。
それははっきりしているが、これを黙認してきた私たち国民すべてにも責任はあった。
主婦の私だがおおいに自己反省をしている。

政府には国民生活をまもる義務がある。
この人に税金の使い道をゆだねて、ちゃんとやってくれるのだろうか?
そんな目で野田氏の挨拶を聞いていた。





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やせた!! [人生勉強]

1週間続いた大学の期末テスト。
ようやく終わった。

教育学部の授業はけっこう出席点の割合が多く、
教科書、資料、ノート持ち込み可。
最初に穴埋め問題があり、ちゃんと埋められれば合格点に達する仕組み。
教職をとるための必須科目が多いので、落ちないようにできているそうだ。
会場教室は学生がはいってからクーラーをつけてくれることになっていたが、
たらたらとやってくるので、なかなかスイッチがはいらない。

しかし、論述式問題はかなり難しい。
知識と自分の経験をつなげて記述しなくてはならず、経験だけは多い社会人は
あれにしようか、これのほうが適当かと迷っているうちに時間がすぎる。
若い学生だと、選びようがないので、すぐ書けるみたい。
穴埋めできなかった人にはここで点の底上げをするのだろう。

経済学部のテストはそれはそれは大変だった。
先生はアメリカ帰りで若く、向こう式に毎週どっさり資料提示。
しかも英語がいっぱい。
参考本もおおく、計算問題の演習もたっぷり。
自分の経験談をおもしろく書いてごまかせるタイプではなさそうだったので、
真っ向勝負で試験勉強をした。

大学入試以来ウン十年ぶりに朝から晩まで机にむかい、ノートも作成。
演習問題もネットでひろって練習を積んだ。
昔は優等生だった私だが、今はついていけない。
後ろの席の学生さんたちにあれこれ助けてもらい、感謝感謝。

テスト会場は大きな階段教室で、2時間前からクーラーをいれて自主勉強用に解放。
教育学部とはちがって、半分以上うまっているが、みんな黙々と勉強しており、静かだ。
必須ではなく、よく落とす先生だが、話がきびきびと現代を語っておもしろい。
経済学部は資格をとったら就職できるというものではないので、ほとんどが就活をするらしい。
この授業をパスした子たちはかなりできる学生になっていると思う。

テストはなんとA34枚にわたった。
グラフは3つ、論述もたっぷり。
穴埋めはない。
電卓を激しくたたく音が響く。
私は以前に商業高校で簿記のテストをうけたことがあるが、それ以上のスピードだ。
980円の安売り電卓ではついていけそうもなく、娘の高価な関数電卓を持ちこみ私も応戦。
時間切れまでねばり、なんとか満足できる解答を出せた。

家にかえって、シャワーをあび、体重をはかると二週間で2kgも減っていた。
どんなにがんばって歩いても減らなかったのに、これはすごい!
勉強に集中していたので、ご飯は台所で立ち食い、コーヒーやおやつも食べる余裕なし。
来客には出ず、買い物も行かず。
ただガリガリ勉強するだけ。
運動ゼロでもこれだけやせた。
生理学では脳はかなりエネルギーを大消費するという。
思えばここ20年ほどの主婦生活、太る一方だったのは
あんまり頭をつかっていなかったせいなのだなあと反省する。

これで夏休みだが、せっかくやせたのに元に戻ってはもったいない。
このまま勉強をつづけたら、学生時代のようにやせられるかしら?
勉強をするコツと勘も取り戻せたことだし、夏休み中は英語をやり直してみたい。
去年遊びにいった韓国で、さっぱり通じなかったのが、心に痛かったもの。
秋学期に若い友達たちに会ったら、驚かしてやろう。












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節電に思う [人生勉強]

「省エネについて話してもらえませんか?」という申し込みが時々ある。
「どんな省エネですかね?」とたずねると
「この電力不足のおり、電気を使わないでどうしたら夏を快適にすごせるかというような内容です。
「電気は夜はあまってますが、それでも電気を使わないのですか?」
「???」

「3Rについて子供たちに話してもらえませんか?」
「3Rとは?」
「リユース、リヂュース、リサイクルのことです。」
「リサイクルはすごくエネルギーを使いますよ。ペットボトルだって、リサイクルするとお金とエネルギーがおいたしなんですよ。」
「はあ。それがメインなんですけど。」
「リヂュース、使わないことが一番省エネですよ。その次はリユース、そのまま使い回すこともま、いいでしょうけど。」
「???」


以前は原子力発電がいかに低コストで、二酸化炭素をださず、環境にいいかを話してほしいという依頼もあった。
私自身はそうはおもっていなかったので、断っていた。
マスコミは筋書き通りにしゃべるおばさんを求めているだけなのである。
そのストーリーが正しいかどうかは関心がないのだ。

世の中にはそのような筋書きにそった話を引き受ける人もいる。
もちろん、本人もそう信じているのだろう。
ずいぶんたくさんの人が私のあとから追い越し、しばらくもてはやされていたが、現在は消えてしまった。
この数年、私の仕事はぱったりと絶えていたのだが、最近少し声がかかるようになってきた。
でも、自分で納得いかないことは話せないたちなので、あまり数はない。

暇にあかせて、大学にもどり、環境経済学を学んでいる。
原油流出事故やら、製品欠陥事故など、企業の事故の環境に及ぼす損害額を専門に算定してきた先生で
いまは原発事故を調査中。
まだまだ、そしてつぎつぎと、事故は変化し、影響は広がっている。
この損害額がいくらになるのか、まったく検討もつかないらしい。
未曾有の(みぞうゆうではない)出来事なのだ。

はじめて知ったのだが、水力発電は発電をオンオフできるそうだ。
昼間発電して、夜とめることも可能。
火力発電もしかり。
太陽光にいたっては、昼だけ。
原子力だけが発電しだすととめられないらしい。
あまった電力で水をくみあげ、揚力発電をしている。

夜間の電気料金が安いからと、夜間にお湯をわかしたくわえておくような仕組みが喧伝されていたが
それは原子力発電量があまっていたからだそうだ。
その上、企業も夜は電気を使わなかった。
そんなに余っていたなら、もっと安くしてもらってもよかぅったなあと思う。

電気をためることはむずかしい。
なので、今発電したものを今使うのでないといけない。
こんな現在でも、夜の電気は余っているのだ。

熱のこもった蒸し暑い夜、節電のためクーラーも扇風機もとめてしまい
夜間熱中症になる人がいる。
個人が節電しなければならないほどではないのに、止めるのは
ひとつには夜間料金が特別な契約でないと安くないということもある。
それを変えれば、夜に電気を使う人もでてくるだろう。
娘の工場では生産の半分を深夜シフトに替えている。
夜仕事をする労働者は大変だが、発電バランスを考えると今後も広がっていくにちがいない。

「省エネについてなら、そんな話をしたいです。」と言ったら、
「いや、ちょっと、趣旨と違いますね。」と断られた。
ゴーヤで緑のカーテン、すだれと風鈴と水うちで夏を乗り切りましょうって話ならいいですか?

所詮、マスコミは電力会社にCM料をもらって番組を作っているだけなんだとがっかり。
そういえば、昔は消費者金融の宣伝ばかりしてたもんなあ。
私はやっぱり自分流でやろう。




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