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伊予鉄バスの感想を聞いてみた [バス]

昨年10月1日に東温市内のバス路線が再編された。
バス会が地域の感想を伺うワークショップをはじめて、すでに上林線、滑川線、井内線の3線を終えた。
今回は口頭ではなく、アンケート用紙に記入してもらうことになったが
高齢者の中には久しぶりに文章を読む、文字を書くという人もおられるので
用紙をわたして、「さあ書き込んで!」とはいかない。
そこで、3人に1人のボランティアがつき、記入のお手伝いをすることにした。
協力してくれたのは、不登校生の親の会「たんぽぽ」の面々。
人の痛みを知る人たちなので、高齢者にもやさしく安心である。


私は現在データを処理中である。
Excelにうつすのは大変だと思うが、そこは事務局におまかせで楽している。

上林線は新設で、ルートは地域の要望どおりである。
しかし、利用者が案外少ない。
データから、それは通院に役立たないからだとわかった。
朝7時台の次が11時、これでは病院の受付に間に合わない。
一番近い愛媛病院でさえ、到着は11時半となる。
ましてや、乗り継ぎを要する愛媛大学病院にたどりつくのは昼。
「レスパスシティでの買い物や利楽での入浴はできてもねえ。」と言う。

前回のお知らせワークショップのあと、ほぼ全員が「バスができるよ」と誰かに伝えたということだ。
少々手間のかかるワークショップだが、やればやっただけ、バスへの関心を広げることができるようだ。
バス会は伊予鉄バスとはなんの利害関係もないが、活動の効果を実感できてうれしい。
サロンのお世話人は50代で車の運転ができ、日頃バスに乗ることはない。
その人たちでさえ、駅との往復にバスを利用してみたという。
電車との連絡が悪いので、使いにくかったとか、なるほどと思う。

口コミお知らせ効果は高い。
車に乗る人でもバスが欲しいときもあり、使えるものなら使いたいという日がある。
その多くは検査、通院、高速バス利用のとき。
さらには飲酒の予定がはいっているとき。
花見や歓送迎会の多い春には、公共交通需要がふえる。
上林線はそのニーズに応え切れていないのが「バスができてもねえ」との感想につながる。


滑川線では希望通りの土曜日4時バスができた。
利用人数もアップしているが、その理由がわかった。
あらたに2人もシルバー定期を購入しているのだ。
週に3度も外出するようになったと、いきいきと語ってくれた。

5年前からバス会に協力してくれているだけに、バス会社の事情にも理解がある。
あと1人乗れば・・・などという積極的な言葉が住民側からでてきた。
過疎、高齢化が進む地域だが、公共交通をまもりたいという意識は一番高い。

井内線は、他のバス路線も利用できる便利な地域であり、同居率も高いのでバス利用者は少ない。
当初の関心は低かったが、5年後の今はとても関心が高くなった。
「さくらの湯へ行けるようになったというけど、乗り継ぎしないといかんのやね。」
高齢者にとって、やはり乗り継ぎは面倒なようだ。


低床バスが導入され、のった人の評判がよい。
1人だけ「進行方向に向かい横向きにすわると気持ちが悪くなった」という意見があがった。
電車とちがい、かなりの揺れがある田舎道をくねくね走るので、身体の向きが気になるそうだ。
私自身、バス酔いしやすいタイプなのでおおいに共感できた。

松瀬川、河の内の意見を早く聞きたくなってきた。
これが終わると私のバス作り活動も終了する。
長くつらい日々だったのに、すぎてしまえば短いように感じる。
まだもう少しやりたいこともあるが、後進にゆだねよう。
地域の人とのつながりが私が残していく財産である。




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バスワークショップ始まりました [バス]

昨年10月1日から伊予鉄の路線バスが変わりました。
本数がふえたり、土休日運休が日曜だけ運休になったり。
時刻表が改善されて温泉までの乗り継ぎ待ち時間が短縮されたり。
新路線ができたところもあります。

これ、私たちが手弁当で調べ、利用者の声をまとめてきたことに
バス会社が応えてくれた成果です。
6年間かかったけど、やってよかったです。

さて、今週から「バスが変わって3ヶ月ですが、どうですか?」と感想を聞くというワークショップをしています。
2ヶ月がかりで、地域のサロンをまわります。
昨日は上林でしたが、35名のご意見をいただきました。
それに伊予鉄道の方や行政担当者もはいり、バス会会員+ボランティアで、なかなかのにぎわい。
集会所がいっぱいになりました。

いつもは聞き取り、お話中心なのですが
今回はアンケートに書き入れてもらう形式です。
もう、字が書きづらい年齢の方もいらっしゃるので、サポータについてもらいました。

アンケートの内容は当会だけでなく、行政や公共交通アドバイザーの宮崎先生とも相談しました。
これを聞けば良いというお手本がないので(地域づくりって、よそのマネをしてもうまくいかないのです)
みんなで、前日までメールや電話ではげしくやりとり、というか、応酬しておりました。
これで決まりと体裁をととのえたあとも、「ね、これ入れたらどう?」なんてメールがきたりしたので
夜中になってもなかなか眠れず、昨日の司会担当は寝不足でちょいと美貌にかげりがでたかも?
ワークショップ当日の朝、印刷してくれた行政担当者さんに申し訳なかったです。

当日だけでなく、こういう裏方作業がけっこう大変なんです。
いただいた意見をパソコンにいれ、文字化して、まとめ、統計をとるのも時間がかかります。
大学の先生とかコンサルさんだと、プロなんでもう少し手早くやれるのかもしれませんが
私たち、主婦と定年退職後のちょい高齢者なので、Excelの使い方、写真の切り貼りにももたつくのです。

地域のサロンでのワークショップは同じところで何回もやってますので、
「3年前の○○さん、あのころはまだ自分でバイク乗れてたのに、今はバスに乗ってるのか。」などとわかります。
高齢者の暮らしは刻々と変化することに気づかされます。
以前は同居していたご家族がいたのに、今はお一人になっていて、思わずもらい泣きすることもあります。
ついでに、会場スナップをみて「あ、事務局の○さん、前より太った? 白髪増えてるよ!」などといらぬ比較もいたします。

私が経済学をならっている大学の先生に時折相談しております。
このかたは災害調査をし、賠償費用額を出す専門家ですので、アドバイスも少し目線が違います。
「不特定の人へのアンケートではなく、定点観測も大切だよ。」と言われ、同じサロンで意見をいただいてきたわけですが
たしかに、時の流れ、人の状態の変化がわかりました。
交通問題って、道路に走らせるバスの費用だけ考えていてはいけないんです。
それを利用する人の暮らしを把握していないとピントがずれると思います。

いつも買い物をしていたスーパーが閉店したり、移動販売がくるようになったり
病気の種類がふえて、通院先が変わったりもします。
こんな小さな町でひっそり静かに余生を送っているお年寄りは、10年くらいは同じような毎日をおくるだろうと
私たちは勝手に想像しがちですが
案外、変化があるものです。

私は今年度で役員をおわりますので、これが最後の仕事です。
なんだか名残惜しいような気もしますが
会が発展しつづけるには、新陳代謝が必要です。
バスが変わり、私は気持ちよく、幸せな気分で任期をおえることができそうです。
また次も、どこかでなにか始めようと思える終わり方って、いいですね。








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伊予鉄バス川内営業所 [バス]

川内のバスが変わった。
12月に行けなかったさくらの湯、今日もあまり時間がなかったが、とりあえずバスにだけは乗ってみた。
横河原からのると聞き、友人Mと一緒にでかけたが、彼女は駅を素通りしていく。
「あれ、横河原駅から乗れるんじゃないの?」
「駅じゃないよ。横河原の停留所からだよ。」
松山市からやってきたバスは旧11号線ぞいの「横河原」停留所に停まるらしい。
まぎらわしいぜと思いつつ乗り込むと、あら、もうすでに11人のお年寄りが乗っていた。
松山市からかな?

川内営業所でさらに乗り込む人がある。
「どちらからですか?」
「田窪からよ。温泉が楽しみなんでね。ちょくちょくくるの。」
「どうやってこられたんですか?」
「電車で横河原駅まででて、そこから松瀬川線のバスにのって営業所でおりてね。さくらの湯行きに乗り換えたんよ。」
「あ、横河原でも乗れますよ。」
「でも、駅から15分くらい歩かんといけんじゃろ?」
うーむ、たしかにちょいと距離ありましたね。

終点さくらの湯につくやいなや、乗客のほぼ全員のおばあさんたちは直売所に直行する。
まっしぐらにお寿司や総菜のコーナーをのぞく。
「この巻き寿司いいけど、量が多いわね。」
あ、それ、私いただきますと思わず横から手をだしてしまった。

細長い直売所内をぐるぐる探索されること、15分、買い物を先にすませてからゆっくりとお風呂に向かう。
じつは入浴券を買わなくても、お食事ができるようになっている。
うどんやどんぶり、定食もあり、お茶は無料。
お年寄りたちはお風呂にはいってから、持ち込んだお寿司などを食べるつもりらしい。
食事コーナーにもかなりのお客がいて、平日昼間なのににぎわっていた。

残念ながら私たちはお風呂には入る時間はない。
今日は予定があるのだ。
次の営業所行きのバスに乗ろうとすると先客あり。
とても足の悪いお年寄りで、旧式のバスのステップがどうしても登れない。
周囲のお客が協力してお尻を押上げ、なんとか車内にはいれた。
この方一人では乗り降りできないようで、普段はどうしているのかな?

営業所は大変身をとげていた。

落ち着いた色調、大きなガラス窓、暖房の聞いた室内、木製の長椅子、ゆったりしたトイレ。
ここで滑川のWさんたちと待ち合わせているのだが・・・すでにいるお客に取材してみる。
「どちらからですか?」
「私は井内よ。終点まで乗るのよ。」
「バス、変わったでしょ。」
「ほうよ、病院にいくんじゃけど、ここがようなってすきま風がはいらんようになってぽかぽかしてな、待っとったら、眠うなった。」
「さくらの湯へ行かれましたか?」
「はあ、乗って、お風呂にはいって、帰るのにちょうど時間がようなったんで、何回か行ったよ。」

滑川グループが到着。
相変わらず仲良く、よくしゃべる。
「私らはヘビーユーザーよ。」
おっと、やにわにハイカラな英語づかいだ。
「週に2回は乗ってあっちやこっちやに行ってるわ。」
「トイレが良いわね。あ、電気、勝手についたわ。」
障害者用トイレは自動的に点灯、消灯するのだ。
まるで少女のようにはしゃぐのが可愛らしい。

実は、今日は彼女たちが市広報の取材をうけることになっている。
担当者に「はい、カメラ目線でお願いします。」といわれ、にっこり。
昔美人はさすがの余裕でポーズする。
職場体験の中学生も合流し、営業所内は人であふれそう。
バス会のTさん、Yさんもはいり、おしゃべりが炸裂。

インタビューにこたえ、写真にとられ、気疲れしたのでないかと心配したが
「もう終わり?じゃ、私たち、これからさくらの湯へいってきます。」
風のようにビュンと飛んでいってしまった。
広報のできあがりが楽しみだなあ。



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秋の訪れを感じたらバスででかけよう [バス]

朝夕、肌寒い季節となった。
あの連続台風は豪雨被害をもたらし、少々憎らしかったが
いつまでも残る夏の余熱を一挙に連れ去ってくれた。

昨日まで愛媛でバス会の行事をこなしていた。
いよいよ伊予鉄路線バス増便がはじまるのだ。
事前周知のため、地域の高齢者があつまる場所にでむいている。
一昨日は井内のサロン、もう3年めのおつきあいだ。
でてくるおやつの味まで予想できるほど、なじんでいる。

いろいろ批判や不満をのべる人もいる。
どのご意見も、よく考えればもっともなところがある。
しかし、3月11日の震災のあと、日本中が窮迫している最中である。
関西の私の知人たちが関わっている各種の計画も多くは延期、中止の憂き目を見ている。
国の補助金をあてにしていたが、減額、見直しばかりで思い通りにはいかない。
どんなにすぐれた計画でも、先立つお金がなければ実現できないのだ。

それなのに、こんな愛媛の人口3万ほどのちっぽけな東温市の路線バスが拡充されるなんて、予想もできなかったことだ。
市が予算組してというよりは、事業者である伊予鉄の英断らしい。
こんな過疎高齢化の地域にいまさら公共交通をふやしても、利用者がそれほど増えるわけでもないだろう。
今後の宅地開発には幾分はずみがつくとしても、いまさら阪急沿線をまねるわけでもあるまいし、さほど地価があがるとは思えない。
バス会の活動から知った、住民の願いに応えましたということだったが
可愛げがないため親にも甘やかされたことのない私は、棚からぼたもちがお茶つきで口にはいってきたような良い話を、しばらくは信じられなかった。

お年寄りの様子にあわせて低床バスも2台導入。
入り口ステップを昇りづらそうにしていたおばあさんたちが、どんなに喜ぶかと思うと私までうれしくなる。
その発表をするバス担当者の見慣れた顔が、やけにハンサムにみえて困った。

バス改編初日の10月1日は土曜日、これまでならバス便がなくなる地域もある曜日である。
それがなんと平日と同じ本数だけバスがあるのだ。
しかも市営温泉さくらの湯へは1日4本から30本への大大増便。
バスを利用して温泉にはいりにきてくれた人には先着100名様に粗品をくれるそうだ。
気持ちよい秋晴れのもと、ご近所の「さくらの湯」でちょっとリラックスしてみてはどうだろう?

滋賀県の水質検査のプロである知人によると
道後温泉よりも泉質がよいそうである。
私も久しぶりに温泉にはいり、そのねっとり感、ただものではない!とあらためて感じた。
湯あがり際にシャワーをかけるのが習慣だが、温泉を洗い流すのがもったいないような気がしてそのまま身体を拭いた。
この温泉に毎日はいればきっとすべすべお肌の美人になれただろうに、引っ越してしまって惜しかったなあ。





















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高齢者の運転 [バス]

高齢者の交通事故が増えている。
昨年は全交通事故の半数が高齢者事故だったそうだ。
高齢化率がまだ30%以下であることを考えると割合として大変多い。
高齢者はよく事故をおこすと言い切ってもいい。

私は昨日、実際に高齢者がおこす事故に遭遇した。
朝、10時、
我が家の近所で、なにやら騒ぐ声。
外出支度中の私が外に出ると
男性が地面に腰をおろし、うずくまっている。
その脇にたつ老夫婦、夫は黙ったまま下を向き、妻は興奮し、大声でとめどなくキンキン話している。
他には選挙運動員らしき60代の男性が1名。
私がでていった瞬間には、道路にはまだ3台の車が止まっていた。


うずくまっている男性は足をひかれたようだ。
ズボンをあげてみると男性の足首が赤くなり、ぶらんとして骨折している模様。
年齢は60代、少々酩酊している。

老夫婦は70代、運転していたのは夫らしい。
車にはもみじマークがついている。
妻の話をよく聞いてみると
「私たちは悪くない。この男の人がふらっと道路に急にでてきたんだ。
ひかれたんじゃない、自分でこけたときにけがしたんじゃないか。」

男性の足には帯状の赤い腫れがあり、タイヤの跡だと思うのだが、
自分は悪くないとがなる妻の声が大きすぎて、けが人に確認がとれない。
勝手にころんだものなら警察に届ける必要はないが、
妻の主張はともかくも、「救急車をよんだ方がいい」と判断した。

あたりに公衆電話はなく、
老夫婦も運動員も携帯電話をもっていない。
本来なら加害者か目撃者が連絡すべしだが、誰も連絡することも思いつかなかったようだ。
被害者がポケットから携帯をだしたが、なにを思ったか、家に電話をしだした。
ろれつ回らず、何を言っているのかよくわからない。
私も携帯はあるが、「このまま119番して通じるのかどうか、市外局番いるのかしら??」などと一瞬躊躇した。

すると、あとから駆けつけた我が娘が黙って携帯をとりだし、119番。
なんだそれだけでも通じるのかと初めて知った私。
娘より知識豊富と自負していたが、こりゃ負けた。
若者はやはり携帯慣れしているなと感心。

そして警察にも連絡。
10分ほど待っているとすぐに救急車がやってきた。

選挙運動員の話を聞くと
狭い坂道ですれちがうのがやっとの車道に
大きなボンゴの対向車がおりてきたので、昇ろうとしていた老夫婦のセダンがぐいと端に寄った。
そこへ少々酩酊し、花を見ながらふらりと歩いておりてきた男性が車道にでてきてぶつかったようだ。
そういえば、と見回せば、先ほどは3台あった車が、いつのまにか1台いなくなり選挙カーと老夫婦の車だけになっていた。
来週の選挙のため、花見客に声をかけようとしていた運動員が目撃者として残ったわけだ。

思いがけず、老老事故の現場に居合わせたわけだが
加害者、被害者、目撃者までが60才以上という現実に驚いた。
真実はひとつのはずだが、じいさん、ばあさんの話はどこまでもかみ合いそうもない。

慣れない道、大きな対向車がスピードをのせて下ってくる、後ろからは選挙カーがせっつくようにやってくる。
運転になれていても気持ちはあせっていただろう。
そこへ急にどびだしてくる歩行者。
とっさによけられず事故になったのは仕方ないとしても、その後の対応がもたもたしすぎていた。

娘が来なければいったい誰が電話をかけたのだろうか?
もたもたしつつも、まだ、中年の私かな?
大量に出血していたら、もっと慌てふためくところだった。

周囲の家からは誰もでてこなかった。
聞こえなかったとは思えないので、関心がうすいのだろう。
朝10時から酔っぱらっている被害者にも問題はある。
対向車に罪はないとしても一因はあるだろう。
朝から、せせこましくややこしい道路にはいりこむ選挙カーもあつかましい限りだ。

楽しい花見が一瞬で暗転。
気がつけば、加害者妻はただの一度も被害者に「どうですか。」と聞かなかった。
固まってしまった夫君といい、事故対応はまるでだめ。
高齢者は気が動転し、突発時に対処できないことを痛感した。



私は、公共交通の拡充を訴える運動をしている。
免許のないお年寄りが移動する手段を確保したいと、地域のバスづくりに協力してくれることが多い。
だが、運転できる人はたとえ高齢であったも、ほとんど無関心である。
昨年の調査によれば最高齢93歳の人も車を運転していたが、それはそのままにしてよいものだろうか?
いつ事故につながるかもしれないと思うと気が気ではない。

今回、高齢者の事故を実際に目撃してみて、
やはり一定の年齢になれば免許を強制的に返納してもらうべきではないかとの思いが強くなってきた。
そのかわり、代わりに使える公共交通をふやし、生活の程度が落ちすぎないように配慮すべきだ。
自主返納では、いざというときの不便がこわくて、返す気にはなれない。


幸い、田舎の高齢者の行きたいところは大変身近なところばかり。
タクシー乗り合わせと路線バスなど、複数の移動手段を提供すれば、
外出ニーズのほとんどをカバーできるのではないかと思う。

75歳をこえたら、免許を返上してもらう。
その代わりにバスやタクシーの割引チケットを渡す。
制度的な工夫がないと、高齢者の交通事故はますますふえていくばかり。
その後始末をする救急隊員も警察官も若い人だ。
このアンバランスが居心地悪い。

ちなみに選挙運動員に候補者の年齢を聞いたみたら
なんと65歳だった。
当選すれば69歳まで。
ああ、日本はもうすっかり高齢社会になっていた!




































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実証実験 [バス]

バス問題をやりだして、いろんな勉強会に顔をだした。

その縁で知り合った人に別の勉強会をさそわれ、また情報がふえた。

私の知識はふえるが、当の東温市ではなかなか前向きにすすまず、もてあまし気味。

ようやく審議会が今年から発足するようで、私にはお呼びがないが、とりあえずほっとした。

この3年あまりの間によそ様ではどんどんバスの見直しが進んでしまった。

はやばやと先陣をきしたのに、後陣にまわり、残念である。

バスを見直し、地域作りをみなおすのは高齢化社会としてのインフラを整備するということだ。

それを渇望するひとが少なかったということだろう。

 

コンサルタントという職業がある。

私は消費生活コンサルタントという資格であるが、仕事としては書き物が中心。

公共交通コンサルタントはその町の調査をし、アンケートをとり、バス路線をつくりなおすことを請け負う。

もちろんかなりの費用を支払うらしい。

コンサルタントを仕事としてひきうけるのだから、自分たちが住んでいない町に泊まりがけで出かけることになる。

旅費と宿泊費が別に必要だ。

そのぶん専門家としての情報と経験を持つ。

お金に余裕があればコンサルタントを頼むにこしたことはないと思っていたが、どうやらその後が問題らしい。

コンサルタントは土地の住民ではない。

作るところまでが仕事である。

その後の運営、微調整は残る住民自身の仕事となる。

ひいた路線が案外、住民の暮らしニーズにあわないということもしばしば生じているようだ。


運営費用が予想以上で、利用者数が予想以下ということは田舎ではよくある。

なぜなら田舎の人はほとんど車社会にどっぷりつかり、1乗車ごとに何百円を支払うのが高く高く思えるのだ。

必要な時にぷいと車に乗る生活になれすぎて、時間まで待ったり相手の都合に合わせることがとても苦痛らしい。

コンサルタントは都会に事務所があり、普段は都会に住んでいるから、そのあたりの田舎人感覚がとらえにくい。

 

過疎交通を専門にしているコンサルタントがいる。

その人たちの話をきいていると、私は川内の風景や、上林のお年寄りたちの顔が目に浮かぶ。

人の話を聞く、聞き出す技術に修練をつんでいるので、お年寄りの本音がひきだせるようだ。

そんなコンサルタントの一人にさそわれて、近々彼のつくったバス実証実験を見に行くことになった。

私にはそれを勉強しても役立てる場がないが、見たい聞きたい知りたい気持ちがむくむくわいたのだ。

お年寄りたちがどんな顔をしていたか、いずれ報告したい。

 

 

 

 

 

 


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タクシー運転手あれこれ [バス]

私は、よく電車やタクシーを利用する。

昨日の土曜日は急に頭に激痛がしたため、市民病院へいった 。

車を運転する家族はだれもおらず、タクシーを利用した。

病院の休日診療の受付は少し裏側にある。

そこへまわってくれたのはいいが、その前に来て不思議に前後しだした。

体調が悪い私のために、ぴったり入り口につけてくれようとしているのかと思っていたら、停車したとたんにメーターが上がった。

つまりメーターをあげるために 調整していたのだった。

大変不愉快ではあるが、こういうとき文句をいっても相手はのらりくらりと言い逃れし、メーターのせいにする。

頭が痛いので戦う元気もなく、しぶしぶ3160円を支払った。

ワンメーターあがったところでたかだか80円増えるだけだが、緊急の病人相手にそんな小細工をするのはあきらかに不誠実。

こういう目にあうとますますタクシーを敬遠したくなる。

次は絶対にこの会社には乗らないぞと心に誓う。

 

都会のタクシーには2通りある。

地元密着型の個人タクシーは高齢者に愛用されていてほぼハイヤー状態。

予約予約でいそがしい。

荷物の出し入れやお客の乗降も手伝い、お迎えも引き受け、親切このうえなし。

メーターが上がる寸前で止めてしまうなどのサービスをしてくれるため、ご指名リピーターも多い。

私の母もそのような個人タクシーに助けられ、闘病生活をすごした。

 

大手のタクシー会社所属組はタクシー乗り場に詰めていることが多い。

最近他の業種から転職してきた運転手が増えた。

会話はぎこちなくはずまないが、一般人として良識ある人が多い。

この先これで食べていけるのかしらと心配してしまうほど律儀な人もいる。

ただ、観光名所も知らないし、地理も不案内である。

別の意味で安心できず、客がナビゲーターをつとめることもある。

 

問題はもともと都会でタクシー運転手をしていた人。

プロといえば聞こえがよいが、稼ぎ方を知っている。

こじゃれた会話の中で地元民か観光客かを推量し、一見さんと判断するや、わざと遠回りをしたりもする。

「ここで止めて」という客の声も聞かずに、すいっとすべらしメーターを上げる。

彼らはどこからどこまででいくらということを熟知しているから、それを悪用するのは簡単だ。

こういうあくどいタクシーが結構あるので、都会の観光地(とくに京都あたりでは)聞かれるままに話さず、

まるで地元の人のように受け答えをするなど用心が必要だ。

 

東温市のタクシーにも相当乗った私だが、総じて大変感じがよく、しかも正直、親切だと思う。

松山市内とはちがい、いわゆる稼ぐための小細工もなく、誠実。

市内に住んでいないと話してもだいじょうぶ。

一つだけ、ちょっと怪しい人もいたが、

それ以外は高齢者が安心して乗れる公共の乗り物と言い切ってよい。

 

タクシー会社にデマンドバス運営を委託した地方都市の話を聞いてみると

都会型の「稼ぐ」タクシー会社ではなく、

もともと地元民に信頼されていて、普段利用している高齢客の様子もよく理解してくれている地元密着型の会社の場合が多い。

客の懐具合を気遣い、メーターができるだけあがらないような工夫をしてくれるような人間関係ができているからこそ

安心して運営をまかせられる。

地理もくわしく、どこに誰がどんな状態で住んでいるのかも把握しており、ツーと言えばカーの仲。

私などは都会に移り住んだせいか、田舎と都会の違いがよくわかり、ちょっぴりうらやましくなる。

自然や風景だけではなく、こういう人間関係こそが田舎の魅力なのだと思う。

ともかくも、タクシーは京都よりも東温市のほうがだんぜんよい。

 

 

 

 

 

 

 

 


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よりどりみどりなのに [バス]

25年ほど前、私が四国出身の男と結婚することになったとき、

本土と四国を行き来する交通手段は2つしかなかった。

船か飛行機かである。

飛行場は市内から遠く、道路整備もおくれていたので、かえって時間がかかる。

宇野からの連絡船や、神戸や大阪からフェリーが頻繁に利用されていた。

 

現在は瀬戸大橋やしまなみという橋があり、電車でもバスでも車でも往復できる。

私は高速バスをよく利用する。

神戸から3時間半、岡山から2時間半でもう東温市川内インターに到着。

今日もこれからでかける予定だが、まだこうして京都でパソコンを打っていても夕方の会議には間に合うのだ。

これなら毎週でも通えると思う。

私にはやりかけた仕事があり、待ってくれる人がいる。

だからそれが成し遂げられるまで、まだ当分は通いつづけるだろう。

 

東温市の若い人はどんどん都会にでていく、そして戻らないとなげく声がある。

いつでも往来できる交通手段がととのいながら、どうもあまり帰らない。

なぜ頻繁に帰ってこないのかは、別の理由のような気がする。

東温市内に若者にとって帰りたい場所、戻りたい風景があるのか。

若者を本当に必要とし、その力を発揮してほしいと願っているなら、若者あおもしろ楽しく力を発揮できるよう、いい気分になれる仕組みをつくってはどうか。

求めよ、さらば与えられん。

ところが、どうもそんなに若者に帰ってほしいわけではなく、力も求めていないという本音がちらほら感じられる。

東温市の親たちは都会へでていく子どもたちにこちらに戻って就職しろとは言わないそうである。

求められないから若者は帰らないのではないか。

今、開発がすすみ、中途半端な田舎都会のベッドタウンとなりつつあるが、

いくら家ができても若者が残らないのでは、いずれそれも年寄りばかりのゴーストタウンになるだろう。 

愛媛県では最後の高速バス全便が停留する川内。

松山に秋波を送るのではなく、橋をこえて都会の若者をよぶような、おもろいまちづくりをやりたいなあと時々思う。

そんな夢想をたぐりつつ、NPOの総会のために これから家をでます。

 

 

 

 


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高速道路の人災 [バス]

ゴールデンウィークの今日、各地の高速道路で事故が起こっている。
そして大渋滞。
好天で車内温度は高いはず。
多くの人がへろへろの脱水症状、車の中の子どもは泣いている。
ようやくたどりついたサービスエリアのトイレは長蛇の列。

こうなることは予測できた。
ただでさえ渋滞するゴールデンウィーク。
その前に高速道路料金を1000円にするという国土交通省の、つまりは自民党の政策は正しかったのだろうか?

交通関係のコンサルタントはこの政策を発表した直後から、ゴールデンウィークの渋滞を予想していた。
どこの箇所でどう渋滞するかも予測ずみのようで、国土交通省のイベントなどでははっきりと指摘する人もいた。
いったいなぜこんな政策をとり、ETC補助までしたのか?
表向きはETC促進と経済苦境の国民を援助するためだが、本当は違うことはだれでもわかる。
海外で売れなくなって赤字落ちした日本の自動車産業のため、国内需要を促進するためだ。
日本の屋台骨ではあるにしても、一企業のためにそこまで配慮するのかと驚いたが、その配慮の仕方があまりにも愚策。
日本人がゴールデンウィークや盆暮れに一斉に移動することを知りながら、その時期にぶつけた。
これで自動車産業の応援をしているつもり、さらには政治上の人気とりにもなるという下心もあったのかもしれない。
今おこっている渋滞と事故は、国が原因の人災だと思う。

さて、長時間の渋滞で疲れた運転手たちは、これから注意が散漫になり、さらに事故の危険性が高まる。
大規模な玉突き死亡事故などがなければよいがと思いつつ、残るゴールデンウィークを見守りたい。
マスコミは旅行気分をあおるだけでなく、きちんと注意を喚起しなくてはいけない。



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視覚障害者 [バス]

目が見えないということがどれほど不便か、私には少し想像できます。
小さい頃何度も病気をしたせいで、視力が優れず、実は瞳の中心も左右で上下に食い違っています。
めがねと縁がきれることのない何十年でしたが、このごろ老眼がはいり、ついにレンズでは補いきれないようになってきました。
どっちにしてもぼやけるのは同じだと思い、思い切ってめがねをはずしたところ、なんと爽快、頭も肩も軽くなりました。
今、私は人生ではじめて裸眼で暮らしています。
物がはっきり見えるという感覚を知らないままでも、一生を終える覚悟ができました。

昨日の夜、全国盲学校弁論大会の様子をNHKで見ていました。
学生にしては老けているなあ、先生かなと思っていたら、実は中途失明して盲学校に通われている方だと知りました。
「なんで自分が?」と納得できない怒りを抱きつつ、新しい状況に適応し、仕事を見つける努力をしている前向きな姿に心打たれました。
そういえば、以前に義足つくりの名人(パラリンピックでお見かけしました)に取材したとき、「日本では中途障害者が増えているのですよ。」と伺ったことがありました。

また、新潟の全盲の少女が同じく全盲の友人と二人ではじめて繁華街に買い物に出た話をしていました。
高校生になるまで外出はいつも家族と一緒だったのだそうです。
公共交通を使い、とまどいながらも自分たちだけで楽しく買い物をしたという話を聞きながら、ふと東温市のバス調査のことを思い出していました。

私たちは昨年1年間かけて東温市の路線バスに乗って調査をしました。
どの路線にも1週間ずつ始発から最終まで乗車したわけですが、東温市では肢体が不自由な障害者がバスに乗ることはありませんでした。
いえ、障害者だけではありません。
子供が一人だけでバスに乗っている姿もありませんでした。
東温市に住む障害者や子供は何に乗って移動しているのでしょうか?
近場なら子供たちは自転車に乗るのでしょうが、障害者はタクシーでしょうか?
たいていは家族が運転する車に乗せてもらうのでしょうね。
ひとりで移動するすべがないということは一人で行動する自由がないのと同じです。
全盲の少女の誇らしげな顔と東温市の顔見知りの障害者の顔がオーバーラップしてきました。
自分一人でなにかをやりきるということは、自分に自信を持ち自立する第一歩です。
いつも誰かに助けてもらわないと移動できないのでは、障害者が自立するということはむずかしいのではないでしょうか?
施設だけがたくさんあっても、そこへの道のりが案外「自立支援」されていないなあと思いました。









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